2017 / 10
≪ 2017 / 09 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 - - - - 2017 / 11 ≫

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

夢 スーチンさんと川崎駅に関連していると思いますが、
私が乗り越えなくてはいけない見方の一つに「正義感」と「公平さ」があります。
何を持って正義とするかの基準は曖昧ですが、私の中では「心に嘘つかない」事かな。

そして「公平であること」を望む心は、相手にも同じことを求めてしまいます。
「フェア」を求めるが故に、見せられる「現実」に心が反発してしまう。
ここを乗り越えなくてはいけないんですね。。。

相手に求めてはいけないのかもしれない。
人それぞれなんだから。
その人が自分で気付いて修正していくものだから。
だから「あるがままの現実」を受け入れるしかないんだよね。
どんな現実でも、丸ごと受け入れなきゃいけないんだよね。
でも頭では解っていても、心がやはり「反発」してしまうのです。

それでも、前みたいに「裏取引の現実」を見せられて、
心が折れてしまうような事はなくなりました。
「あれはあれで結果が自分に返ってくるから」と素直に思えるようになりました。
でも「その人を見たくない」という心があるのです。
私の中で「拘ってしまっている人たち」を正当に見れないのです。

多分、ここを言われているような気がしてます。
ちゃんと見れるようになったら、私の中で「正義感」も「公平さ」も無くなると思います。
その拘りが無くなって消化したということなんだと思います。

この事に関係しているのか解りませんが、時々浮かんで来る記憶があります。

幼少時に私が母の財布から小銭をくすねた事。
これは大人になって、母の介護をしていた時にもありました。
母のバッグの中からバスの回数券が出てきて、
もう母は使えないのだからと私が無断で拝借した事。
この時、母はすでに妄想気味でしたが、ちゃんと話せば理解していたと思います。
でも私は母に無断で、勿体ないからと貰って実家通いに使ってました。
この時も小銭も一緒に何枚かを財布の中から拝借していたと思います。
もう使われない回数券や小銭だし、母の介護通いに使うのだからと
私の中でこのことを「正当化」していました。

私は知能犯で、幼い頃から「全部をくすねるとバレるから、
何枚かを抜き取る」事を知っていました。
お金をくすねる事は私の中で「悪い事だけど、バレなければ別に構わない」
という感覚があったんですね。
お金に対してとてもルーズなところがあって、
それはバブル全盛時に働いていた時の感覚と重なります。

この記憶を思い出す度に、亡き母に悪かったなと心の中で謝ってました。
でも自分の心に対しても謝っていたのかな?
「悪い事をしていた」とその都度反省はしていたけど、
この「知能犯の計算高い自分」をちゃんと認識できていたのかな?

「バレなければ別にいい」という気持ちでいたから、
その「現実」が自分に返って来て、今見せられているんじゃないのかな?
だとしたら、やはり「そんな自分を見たくない」という表れが、
拘っている人たちを「見たくない」という心の反発なのかもしれない。

裏で人知れず罪を犯している人が、表では「公明正大」に凄く拘るのかもしれない。
本当は心が知っているんだよ、いけないことだって。
心は気付いているけど、知らない振りして
自分の過去に蓋をして「自分は清廉潔白だから不正は許せない」と思うのかもしれない。
自分の過去と、今見ている現実は「関係がない」と思うのかもしれない。
やっぱり繋がっていたんだね、因果応報なんだよ。

私の過去の因縁が「形」となって今の私の現実に現れて来た。
誰かが咎めるのではなく、自分の心が自分を咎めているのかもしれないね。
「同じ事しているんだって…」
それに気付くまで、何度も繰り返すのかもしれない。
小銭だろうと、大金だろうと、やっている事には変わりない。
因の根の部分は同じ。
小銭が積もり積もって大金となっていくだけ。

そうかぁ、やっぱり自分と関係があったんだね…。
だから「拘っている」のかもしれない。

きっと私の中で、拘っている人たちを「素直に見る」事ができたら
その時が消化したことになるんじゃないのかな。。。

ちなみに、母との思い出で「因果応報」の記憶があります。
介護中の母に「明日はバレンタインだから、父さんにチョコを贈る?」と聞いたら、
母は笑顔で「買ってきて♪」と私に頼みました。
チョコと共にレシートを渡したら、母が「おつりは?」と聞いてきたのです。
私は「最初からお金は貰ってないよー!」と答えたけど、
母は渡したと思うけどと懐疑的でした。

母の妄想なのですが、今考えて納得しました。
私が過去に母の財布からくすねたお金の因が、私に返ってきただけなんですね。
だから母の妄想は、霊的な部分では辻褄があっていたんだと思います。
こうやって、私に気付きを与えてくれていたけど、
今ようやくその事に気付けたのかなって思います。


スポンサーサイト

【正義】
私の中では、正義ってそれぞれの立場で少しずつ違うので、
自分の正義を貫こうと生きるのはその人の生き方だけど、
それを人に押し付けたり、振りかざすのは、違うかな~って
感じです。。。。
【】
そうですね。^^

この記事へコメントする















miraes

Author:miraes
夢を中心に書いてますが、日常と照らし合わせて自分を見つめようと模索しているブログです。
 

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。