2017 / 06
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夢 弓張岳と伝説の続きです。

佐世保を軍港とする為に、1916年に白縫姫の蛇島をコンクリートで埋め立てて地下に埋没し、
軍部はそこを旧海軍佐世保海軍工廠の一部として使用しました。
軍港となる事で佐世保は大きく発展し、たくさんの人がここに移住して来ました。
私の祖父もその一人で、佐賀の神埼郡から長崎市を経由して佐世保にやってきました。
祖父は海軍工廠の守衛の仕事を得て、父たちの兄弟姉妹を大きく育てました。
父は軍のお金で育ったのです。

そして父は米軍基地に勤める事になりました。
ここでは昔から、米軍基地かSSKの造船所が花形産業みたいな感じでしたから。
というより、それ以外は産業がなかったのです。

昔、小学校で「戦争は良くない」みたいな事を授業でやってて
それを夕食の時に話していたら、父がポツリと言ったのですね。
「アメリカに出て行けというけど、父さんはそこで働いているんだよ。
 お前が食べてるこの夕食も、そのお金で食べる事ができるんだよ」と。

これが、私が最初に受けた「理想と現実のギャップ」でした。
戦争は良くないけど、その享受を受けて私は育っている。
それは否定できない現実であり、私は何も言えなくなりました。

何故、この場面が今思い出されているかというと、
執着を解く鍵が、ここにあると思えたからです。

戦争が良くない事は誰にでも解っている。
でも、大きな流れの中で、自分もその『悪い戦争』側に乗っかって
それで育っていたということ。
闇は良くないと言いながら、知らずに自分も闇側にいた事を忘れている。
闇側にお世話になったことを忘れている。
それこそ、「夢の中でイシスさんにお世話になったようで泣いていた」事を
意味していたのかなと思いました。

誰だって、悪い事を率先してやっているわけではないのかも。
正しいと思ってやっている事も、気付かない部分では闇側と繋がっていて
どこからどこまでが「正しい」のかも解らない。
そういう事なのかなと、ふと思ったのです。

だから見方によって「敵と味方」が別れてしまう。
生きていく上で、闇も光も両方が存在した世界で私たちは生きて経験しているということ。

これは「原発」でも同じ事が言えますよね。
今原発事故を経験して、改めてその危険度が重要視されているけど
事故が起きなければ、決して解らないことだった。
それまでは「便利に有り難く」享受していたのに、それさえも忘れて悪者に仕立ている。
それを利用してきた過去があるなら、やはり私の過去の体験と同じ事が言えると思うのです。

戦争を非難しているのに、自分はそのお金で育っていた。
原発を非難しているのに、自分はその便利さを当たり前に享受してきた。

闇だけが一方的に悪いのではなく、自分も闇に関わっていたということ。
闇という見方も、当時は闇ではなく光側だったんですよね。
原発だってエコでクリーンなエネルギーとして「光側」だったのですから。
だから闇と光も見ている方向で逆転するのかなぁ。。。
両方が存在している次元で生活していたに過ぎないのかなと。

だから今までこの地を「力で支配された」と被害者意識に見るのではなく、
自分に取っては「育てて貰った」部分もあったので、
そこはやはり感謝すべきなんだなと思いました。

過去を感謝しながら、それでも自分の求める方向へ進む努力をする。
そうしていく事で少しずつ「力の支配」のバランスも変わってくるのかなと感じました。

過去の「否定」ではなく、「肯定」。
どんな過去も、それは光も闇も共に存在していて、
だからこそ過去を肯定して感謝し前へ進む。
過去があったから、今の自分が存在しているというのは事実なんだから。
どんな過去であっても、そこを通過して今の私がいる。

過去を否定しては何も進まないように思う。
否定こそが「執着」となってしまうのかな。。。
そこに留まり続けてしまう事になるのかな。。。

そうなんだよね。
だから人身御供となったかもしれない蛇島の「白縫姫」さんの過去の時代の佐世保に感謝して
また、旧日本海軍が支配した祖父の時代の佐世保に感謝して
そして、米軍が支配した父の時代の佐世保にも感謝する。
「戦争への否定」も確かにあるけど「生活できた肯定」もあるからこそ、
この地に生まれ育った私は、戦争否定を感謝の方向に変えるべきなのかもしれない。
決して戦争を肯定はできないけど、
それによって育ってきた過去は変えられないからこそ感謝に変えるべきなんだと思った。
そして「戦争が必要ない」方向に持って行く責任もあると思う。

「力の支配の無い未来の佐世保」へと変われる様に
新しい時代を自分たちで作り上げていく事に繋がるのかな。

自分の育った過去を通して、「光と闇、善悪」が少しですが理解できたような気がしました。
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【私の場合は・・・】
>それによって育ってきた過去は変えられないからこそ感謝に変えるべきなんだと思った。
そして「戦争が必要ない」方向に持って行く責任もあると思う。

「力の支配の無い未来の佐世保」へと変われる様に
新しい時代を自分たちで作り上げていく事に繋がるのかな。


まさに、そうですよね!
ホ・オポノポノのクリーニングにもつながっていると思います。

mintteeさんとは、ちょっと違いますが、私の場合は、祖父も父も金融関係です。(證券ではありませんが)
私は大学卒業の時父から、銀行でもどこでも知り合いに話をしたら、就職できるぞ、と言われたんですが、どうも、気が進まなくて全て断りました。
父のコネで入るなんて、真っ平ごめん、って感じでした。

今、いきすぎた金融投資が大きな原因となって、世界的な経済危機になっています。
金融関係の父たちに養われたいた私ですが、昔から、金融機関はあまり好きじゃなくて、為替や株式投資が流行っていても、友達がお金が増えるから、やって見たら~って言っても、一度も手を出した事がありません。
株式投資って、合法的なばくちにしか思えないんですよ。。。
お金は、物を買うものであって、ばくちに使って遊ぶものじゃない、そう思っているので・・・。
ただ、アイディアや実行力はあるけれど、資金のない人に投資して会社を応援する、という視点での投資は意義があるものだと思います。
私も余っているお金があれば、そんな会社に投資したいです。

金融関係の会社に対して、良い部分は良い、悪い部分は悪いと意見を述べたりするくらいですが、これが、私なりの感謝の示し方であり、レジスタンスでもありという感じです。
金融関係も、今のやり方から脱皮しないといけないですからね・・・。
【】
気付きの源泉というのは
自分の過去の体験にあるんですよね

体験ってどんな理論で説得されても
否定できないわけですし
体験を繰り返すことにより
理解が生まれる

感情をシグナルに
一歩一歩進んでいくのがいいのかなと
思いました。

自分の周囲の環境というのは
気付きの宝庫であり
なんて恵まれているのだと思うわけです。。

過去を含めて「中今」なんですね
過去の経験も気付いたときに「今」になる
そういうことなんだと思います。
【】
ひろみさんの家系は金融関係でしたか。
銀行業もいろいろと大変な時代になってますよね。
金融関係もこれから大きく変わって行くのでしょうね。

お金もないと食べ物も買えないので、やはり有り難く感謝で使わなくちゃなーと思ってます。
支払う時は「感謝」をついつい忘れがちになるので。(;^_^A アセアセ・・・
「欲」を呼び寄せる「魔物」にも変わる、不思議な「紙」ですよね。(笑)
【】
>気付きの源泉というのは
>自分の過去の体験にあるんですよね

本当にそうですね。
最近特に実感してます。
「ふと浮かんだ過去のシーン」に、気付きのヒントが隠れている。
そういう時は必ず「感謝」を忘れている場合が多いです。
何度も何度もそれを繰り返しながら、少しずつ前進しているような感じなんでしょうね。^^
【】
家族単位で考えていることを、地域単位、国単位・・・とスケールを大きくしていったら、政府に文句を言ったりする前に、自分達の先祖が政府の言いなりになっていたこと、たとえ、それが政府や官僚の説明不足だったとしても、そこには、私達の先祖の勉強不足やお上のやることには間違いがないとか、たてついたら・・・とか、という変な先入観があったことは否定できないんじゃないかと思います。

政治家や官僚達も、本当は違う選択をしたかったけれど、やむにやまない事情があったのかもしれませんし・・・。

前に、mintteeさん、どこかの記事で、過去をほじくって、手打ちをして、丸く収まったのを、掘り返しているのかもしれない・・・って。
確かにそうかもしれません。
でも、そうやって、認識しなおすことが大切なんじゃないかな、って思うんですよね、やっぱり。。。
こんがらがったものを解きほぐすためには、元に立ち返らなくてはいけないことってたくさんあるような気がしますから・・・。

で、もう一度見直して、確認して、そうだね、大変だったね、こうするしかなかったんだね・・・とあのときにこういう決断をしたから、今があるんだよね、ありがとう、って言う感じでしょうか。。。

そうやって、未来を少しずつ変えていくことができるような気がするんですよね。
(ちょっと、大きく考えすぎ?)
【】
私が今回気付いて反省したことは、逆なんですよ。
政府が!とか政治家や官僚が!とかいう前に、
自分もそれによって生かされた部分が確かにあるんです。
そこを見ていなくて相手の悪いとこばかり責めても何にも解決にはないないなと感じました。
そこを見たら「何も言えない私の幼少期の経験」と同じになるんです。
だからこそ過去は「それでも生かされた」から今があるという見方で
感謝に変える事が大事かなと思いました。

過去の時点を切り取って、ここを変えていたら!とか言っても意味がないと思えました。
いろんな選択をした結果に「今」があるわけで、過去は否定できないと思ったのもそこです。
否定するという事は「執着」なんだと気付きました。
だから執着からは進歩しないで、いつまでも同じ所をグルグル回るのかなと。
そこを「感謝」することで一度「流して=手打ちして」
今から未来に向けて、過去の間違っていたと思われる部分を改良して
作り直して行けばいいのではないかと思うんです。
【】
mintteeさんと同じようことを感じて、私はコメントした
つもりなんですけど、mintteeさんは、逆だって
言うんですね。。。

なんでだろう・・・。
私の書き方が悪いのかしら・・・。
【】
あらら、そうだったんですか!
ごめんなさいね。
私の読み方が偏っているのかもしれませんね。(;^_^A アセアセ・・・


【】
多分、それは、私に対する先入観とか、固定観念じゃないkでしょうか・・・。
私なら、こう考えるだろう・・・って先回りしちゃうとか・・・。
【】
気付きの源泉っていうのは
自分視点ではあるのですけど
政治や経済など回りを広く見てみて
あ・・これ変だな・・と思うことも
自分のことだったりしますからね
場合によっては過去の自分のことを
見せられるときもあります。

そういった意味では視野を広くするのは
いいことなのですが
その場合でも相手を咎めるというよりは
自分のこととしての認識が大事なんだな~
と思います。

【】
自分も変わっているのと同様に
回りの人も変わってるんですよね

なのにいつまでも
過去のその人のイメージに囚われて
同じような対応をしてしまう。
思い込みで「あ~この人はこうだから」
とちょっとした言葉でも反応してしまう。

よく見て聞いて周囲の変化に
敏感でありたいな・・と思いましたです。
勉強になりました。
【】
そうですね。
人が変わるか変わらないかはその人自身の問題なんですよね。
でも自分が人を見る「見方」は、やはり
「過去のイメージで固定して見てはいけない」という事なんですね。

私も勉強になりました。^^
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miraes

Author:miraes
夢を中心に書いてますが、日常と照らし合わせて自分を見つめようと模索しているブログです。
 

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