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午前中に携帯を見ようと手に持ったら、画面が自動的にテレビ画面へと変わりました。
多分テレビボタンを無意識で触ったのでしょうね。
でも、これはメッセージだなと思って映った画面を良く見たら、カズのニュースでした。
「カズがフットサルに転向」みたいなニュースです。

カズ→三浦(三つの裏で三神の裏?)  フットサル → 足が去る?
もしかして、三神の世の神々が去っていくと言うお知らせ?

そう思ってパソコンでニュースを確認したら、いろんな事が浮かんできました。
カズって呼んで」がF初合流のお言葉 2012年1月15日(日)08:00

横浜FCでも、ピッチ上では「さん付け」はしない。さんを付ける時間がもったいないからだ。
サッカー以上に展開が速いフットサルの公式戦で「さん付け」で呼んではプレーが遅れてしまう。
北海道の選手にとって、カズは雲の上の存在。
一挙手一投足に注目し、なにかを盗もうとする真剣な雰囲気を察知して、
勝利のために「さん抜き」を要求した。


「さん抜き」を要求ですか!
「さん抜き → 三(三神の神々)抜き
やっぱり、去って行かれるんですね。(⌒m⌒)
そのお知らせみたいに感じました。

また、別の意味でも興味深いです。
フットサルを日本中に広めたい。
フットサルの知名度は一気に高まる。

「さん付け」はしない。
「さん付け」で呼んでは遅れてしまう。
カズ(三神)は雲の上の存在
盗もうとする雰囲気を察知して、「さん抜き」を要求した。


これは今までの古い仕組みの中の神々に対する「さんづけ」は必要がないという意味にとれますね。
雲の上の存在に対して「さん」を付けるのは、気持ちはわかりますが
「支配階級」を自ら自分の中で作っていることになると思います。
やっぱりそれは違うのかなと思うようになりました。

今までの上に対しての「尊敬・敬語」というのも、意味が違っていたのかなと思います。
「上だから尊敬する、下だから尊敬しない」という事ではないはずですよね。
そう言う事を理解しだしたら、自分の中の因縁解消が早く進んでいく。
でも、「さん付け」にずっと拘っていたら、自分の中の因縁解消は遅れてしまう。
だから「さん付け」はしない。「さん付け」で呼んでは遅れてしまう。
そんなメッセージにも感じました。

この「携帯が勝手にテレビ現象」は、以前にも起きてました。
去年だったか、正月(多分元旦だったと思う)の朝に携帯がテレビ画面に突然切り替わり、
春日の杜の神が山に帰る「遷幸の儀」の様子が映し出されました。

それで当時は、氏神の八幡神が神社から山(最初に現れた赤碕岳)に帰られる(遷幸の儀)
その最期のお知らせだったのかなと思ってました。
(新しい今までの神々と、封印されてた名もない古い神々が入れ替わるという話を聞いていたので)

その「遷幸の儀」と今回のカズのニュースも、やはり繋がっていると感じます。
今まで三神の世に存在していた名前のある神々が去られるという「遷幸の儀」のお知らせですね。
また、そこに拘っていつまでもその中にいると、古い仕組みの中に取り残されてしまう。
そういうメッセージでもあると思います。

そう思うのにも理由があります。
先日、私にアドバイスして下さった方の言葉を思い出したからです。

『名前のある神は「ブランド」に過ぎない。』

この言葉が、大きな意味をもっている事に気付きました。
このニュースとセットになっていたのかなと思えます。
タイミング的にもピッタリでしたから。

確かにそうだなと改めて思いました。
上下の支配階級でそれぞれについている名前の神々。
それを覚えて語ったところで、自分の内観には全然関係がない事なんですよね。
なのに私はそれに拘り、その枠内で当てはめて物事を考え理解しようとしてました。
まさに名前のある神々の枠内から抜け切れない状態だったと思います。
それが古い仕組みの中に居るという事なのかな…。

でもその仕組みも、もう終わるのです。
早く、その仕組みの輪から出なさい。
名前のある神々は去ってしまうよ。
そういうメッセージですかね?
その後にあるのは…、なんでしょうね?

古い仕組みは解体されてなくなってしまうのですよね。
もう神のせいには出来ないよ?いないんだから!
あとは反転でそれぞれの因縁が自分に返ってくるということなんでしょうね。
だから、因縁を消化する必要があるということなんだと思います。
やはり今朝のいきなりテレビ画面は、私に対してのメッセージだったんですね。
早く抜け出ろと! ~(>_<。)~ アチャ~

今までの「ブランド」のイメージは、「特別」とか「本物」とか、そんな感じだったと思います。
ブランド品は一流で品質が良くてオリジナルで高級。
名もない無印良品は、それなりに品質も良いけど、ブランド品には敵わない。
それが今までの「常識」だったと思います。

でも本当にそうでしょうか?
単に自分の中で「上下の階級」を付けていたに過ぎないのではないでしょうか。
無印良品がブランドに劣ると思う考えは、人それぞれの価値観によるものですよね。
お金の価値を基準にして考えたら「ブランド」が上に来るだけの話。
「ルイ・ビトン」は丈夫だけど重いし、私は持ってても旅行には使いたくありません。
もう使わないかなと、古いブランドのバッグはゴミに出しました。

義姉は「ルイ・ビトン」を良く持ち歩きます。
きっと好きなんだろうなぁと思って見ていますが、
もしかしたら「ブランド」が好きなのかもしれません。
ブランド品とセットの自分が好きなのかな?

私も東京で働いていた頃はそうでした。
そう思うと、ブランドである神に拘る私も、セットの自分が好きだったのかもしれませんね。
偽神、正神に拘っているのも、単にブランド品に拘っているのと同じ事だったと気付きました。
「偽物は嫌だけど本物の側にいたい自分」という欲望に過ぎなかったな。。。
そうか、そういうことだったのかな。。。
少しだけ解った気がします。

結局名前に縛られてしまうんですよね。
そこを見て、そこに目線が行っていまうから。
大事な肝心の部分を見ていない。
神という呼び名自体が階級のブランドなのかもしれませね。

そうか!
だから精神世界に入り込み過ぎるなということなのか。
大事な事は「自分を見つめて自分が作った因縁を解いていくこと」
それが結果的に自分を救う事になる。
そして周りにいる多くの人たちが自分を見つめて因縁を解いていけば、
その多くの人たちが結果的に救われる。
それが多ければ多いほど、新しい次元上昇に繋がる。

それを見ずに、違うとこばかり追いかけてしまうから
肝心の部分が見えなくなる。
そういう事なのかな。

少しだけ、理解したように感じます。





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【】
〇〇〇さん、こんばんは。
カメラのお話、とても良くわかりました。

実は言葉〇〇の件で、今日一瞬頭をよぎりました。
他の方のブログを読んでて、「私も良く使っているけど、あれ?もしかしたら違うのかな?」と…。
一瞬だったので、よく解らなかったのですが、やはりこの事を注意されていたんですね。
またまた形に拘ってしまいました。 ~(>_<。)~ 

形を見ている限り、大事なところは見えてこないんだなぁと実感しました。
ちゃんと「注意」が受信できるように、感性を磨きたいと思います。(;^_^A アセアセ・・・

いつもありがとうございます。<(_ _)>

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miraes

Author:miraes
夢を中心に書いてますが、日常と照らし合わせて自分を見つめようと模索しているブログです。
 

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