2017 / 11
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昨日の夢の意味が少し理解出来た。

夢を読み直してて思ったんだよね。
私の夢って、いつもどこかで迷子になって
人に道を聞いては更に遠くへと迷い込んでる。
その繰り返しだなって思ったら、「そうか!」って解った。(;^_^A アセアセ・・・

サルが「猿真似」なら、クマは「依存」だった。
11/7に見た夢にも「クマとサル」が出ていた。

+++++++++++++++++++++++++++++++++++
2012. 11.7.(水)  旧暦 9/24

コザルがコグマの頭を叩いて虐めているのを見て
「なんてことするの!」と怒って、私はコザルの頭を叩いていた。

実家の三畳に寝ていたら、コグマが出格子に居て
窓から家の中に入ろうとしていた。

「コグマが私のところに来ようとしている」というような声を聞いて、
家の中に野生動物が入って来ては大変だと、
慌ててあいてた窓を閉めていた。

+++++++++++++++++++++++++++++++++++


この夢を見た時は、前後の理由も解らずに
現場の一部を見ただけで判断するのは良くないという事かなと思ってた。
私がコザルの頭を叩いている現場を見られて同じように
「なんてことするの!」と私の頭を叩かれる現象が私にも起きる。
それが冤罪を作る事にもなっているのかなと思った。

でもそれだけじゃなかった。
コグマは自分を助けた私に「依存」しようとしている。
そういう事かなと感じた。

昨日の夢で、私が言葉もホテルの名前も解らないという状況で
「さぁ、どうする?」と聞かれた時に
私は「夢で良かった」と、心から安堵していた。
その状況から逃げてたんだよね。
その前にもアプリの通訳に頼ろうとしていたし…。

その依存の心に気付いてないから、その部分を考えなさいと言う
そんな夢だと感じた。
いつもは夢の内容が解った時点でUPしてるけど
昨日は解らないから兎に角書いて外にヒントを頼ろうとしていた。
そういう自分の姿が後から見えてくるんだよね。

でも例え間違いであっても動いているから後から見えてくる。
動かなければ解らないままだから、間違いでもそれはそれでいいんだよ。
気付けてない自分の弱い部分に気付く事が大切だと思うから。
行動が間違っていても気付けたら、それはそこに行きつくまでの過程だと言える。
気付く為に必要な要素だとも言える。

いつも振り返って気付くなぁって思ってた。
だから動けってことなんだね。
動かないと気付けない事、たくさんあると思った。

それで昨日の夢の話に戻るけど、くまどりのクマは「隈」だった。
「隈」http://www.geocities.jp/growth_dic/honbun/zoukan-3728.html
《意味》
1.曲がって入り込んだり、奥まってかくれたりした所。もののすみ。片隅。
2.物陰になって暗い所。陰になった所。
5.心の秘密。秘めた思い。

【心隈】こころぐま
うちとけず、気持ちにひっかかりがあること。
胸にわだかまりがあること。

【隈無く】くまなく
1.かげりやくもりがなく、はっきりとしているようす。
2.あますところなく。徹底的に。
「家中を隈無く捜す」


「隈取り」って「隈無く」と同じような意味じゃないかな。
良く言うでしょ。
「四角い部屋を丸く掃く」って。
そうすると隅の角っこに埃が溜まるんだよね。
丸く掃いたところは綺麗になるけど、隅は埃が溜まる一方で…。
でも注意しないと見えないから、それも気付かない。

夢の中で父が墨をすってた。
墨って長方形なんだよね。
その角をすって、丸くなっていく。
父も年を取って丸くなったけど、夢の中の父はもしかしたら
私の中の「父性」なのかもしれない。
戦闘的な男性の部分とか。。。
角っこに溜まった埃を取り去れって事かなぁと感じた。
まだ本気じゃないのかなぁ。。。

多分、何も頼らずに自力で迷路から抜け出せって事なんだろうね。
その事に「逃げるな」って事なのかもしれない。

迷子になった思い出が二つあるんだよね。
幼い頃、東京の親戚の家に家族で遊びに来てて
どこかに出かけた帰りのバスの中で下車する時に迷子になった。
両親は私が先に降りているものと思ってバスから降りたけど
私は何かに気をとられていたのか、一人バスの中に残ってて
周りに家族や親類がいなくて泣いていたのを微かに覚えている。
すると知らないおじさんが私を抱えて下に降ろしてくれた。

この頃と今と、全然変わってないね。苦笑
泣いて人が助けてくれるのを待っているだけではいけないのだけど
ついつい人に頼っている自分の姿が見えてくる。

もうひとつは2000年にイタリア旅行に一人で行った時の事。
ツァーの半日観光の後、その場で現地解散となり
何人かがサッカーユニのレプリカを見に行くというので
私も興味があって一緒に付いて行った。
その後、近くで夕食を食べるので一緒にどうと誘ってくれたけど
私はその日の夕食をオプショナルで別に頼んでいたので
どうしてもホテルに戻らなくては行けなかった。

だから一人分かれてタクシーを捜して帰るのだけど
間違って白タクに乗って運転中にデートしようと口説かれてた。
私はドン引きで「I have to go!!!」を繰り返してたら
「ここで降りてくれ」と知らない街で降ろされた。
所持金も買い物した後で現金は3500円くらいしか持ってなくて
ここで支払ってまたタクシーに乗る余裕はないから降ろされたら大変だと
「why???」を連発してたら、運ちゃんが可哀想に思ったのか
「ここからは自分のテリトリーじゃないから、お金はいらないから」
「今度はちゃんとしたタクシーに乗るんだよ」とまで言われた。(;^_^A

それで言葉も通じない知らない外国の街に一人で迷子状態となった。
夕方であたりは暗くなって心細いけど、
でも地図は持ってたし、ホテルの名前も解っていたので
「絶対にホテルに帰ってみせる」と鼻息荒かった。

その後もいろいろと起ったけど、なんとかホテルに帰れたんだよね。
この思い出は、とても貴重な経験だったなと今は思える。
なんとか一人で外国の知らない街を「自力」で帰ったんだから。

この気持ちが大切なのかなって思った。
「迷子になっても絶対に帰ってみせる」という強い気持ち。
自分を強く信じる気持ち。
いつまでも外に頼っていては、ダメなんだね。。。




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miraes

Author:miraes
夢を中心に書いてますが、日常と照らし合わせて自分を見つめようと模索しているブログです。
 

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