2015 / 05
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今朝見た夢。

落語さん?の家にお邪魔していた。
たくさん部屋があって、来る人は気軽に泊めてくれるような感じ。
誰かが本を見に来たから「図書の部屋に布団を運んで置いといて」と支持してる人がいた。
私(たち?)は部屋とかを見て回るのが面白くて勝手に見学して回ってた。

ある部屋に案内された。
その部屋はゲームで何か食べ物をくれるみたいで、気付いたら外に出ていた。
紅白(友人とは上下が逆の色だった)みたいな服を着ていて
三人くらいでペアになってゲームをしていた。
飛んでくるナスビみたいなボールを手に取った人が勝ちで
よく見たらメジャーとか分度器を手に持って出ていた。
飛んでくる距離とか角度を計算するために必要みたいで、
私もあった方がいいのかな?と長い棒のようなメジャーと分度器を持って外に出た。
ある人は計算器も持っていて、風とかも入力すると数字が出てくる便利なものだったが
それを見て私は
「それがないと探せないの?逆にそれだったら持ってない人は探せないことになる」
と思い、そんなのいらないかな、それを使わないで自分の感で探そうと思っていた。

すると目の前にナスビみたいなボールがスルスル~っと飛び込んで来た。
私はラッキー♪と手に取り、胸に抱えて戻っていたら
穴みたいなものがあって、皆何かを救けようとして?穴の中に落ちていた。
私も目の前の光景を見て放っておけなくて、落ちている人を捕まえて上に引き戻したら
ズルズルと人が連なって出てきて、手を離したら又穴に落ちていたので
手を離すことも出来ず物凄く不自由だと思った。(手がふさがって何も出来ない状態)
その時の私は仰向けでナスのボールを背中の下に置いてボールの転がりで移動していた。

手を離せないので木の枝にくくりつけて人が落ちないようにして、
私は「ゲームを作った人は誰?」と乗り込んで聞いていた。
すると続々と人が出てきて、こんなにこのゲームを作るのに関わっていたのかと驚いた。
「このゲームは誰も成功しないように出来ている。成功した人はいないよ。」と言ったら
「いるよ」という答えが帰ってきたので「誰?」と聞くと「オレ」と作った本人が答えた。
「それはあなたが作ったから出来るんだよ。それ以外はムリだよ。」と答えていた。

★✩★✩★✩

私の中の「依存」と「救い」の二つの因縁を見せられているなと思った。
目の前に困っている人がいたら、やっぱりなんとかしたいと思うのは悪い事ではない。
心が動いていることだから。
でもなんとかしたくても出来ないものなんだろうな。
因縁は作った本人しか解決出来ないものだから。
それをこの夢で見せられているような気がした。

見守ることしか出来ないものだと私も気付いている。
だけどいろんな人に良かれと思って、ついつい手や口を出してしまう。

きっと見えない世界からも、同じように私のことを思って見ているのかもしれない。
ご先祖様とかが、なんとかしたくて、でも手を出せなくてという事なのかもしれない。

穴に連なって落ちている人たちは「家系」なのかもしれない。
その人たちの重みで手を離したら穴に逆戻りで落ちてしまっていた。
きっと一番下の穴に近い人は、上の人たちの重みで自分ではどうすることも出来ない状態なのかな。
自分を救けようとした人たちが、逆にその人への重力になっている。
上から順に自由になったら、下の重みも段々軽くなりその人自身で動けるようになる。
そういう見方も出来るね。

ゲームの時に着ていた服が気になった。
私は仲間?友人?とは逆の配色で着ていた。
皆、同じではなかった。
視点を逆に考えたら、上下が逆でもあるんだ。
一番穴に近い人が、逆の視点からは一番軽い。
手を離せないと思っている人が、一番重力がかかっていて何も出来ないでいる。
落ちるというのは、逆の視点では自由になるという事でもあるのかな。
落ちたら落ちたで、自分の力でなんとかしようと出来るのだから。

結局、そこなのかな。
見放すのではなくて、ちゃんと見守る。
それだけでいいのか。。。
今日の夢、深いな・・・
そろそろ、そこをちゃんと見なくちゃという事でもあるのかなと感じた。

結局、自分で自分を変えることしか出来ないけど
それが結果的に、一番奥の根っこで苦しんでいる人も変える事にも繋がるんだ。
何も出来ないけど、自分で出来ることをやるだけで結果的に影響している。
見えないけど、そういう事なんだね。
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昨日、旅先で変な夢を見た。

学校の教室?みたいな所に居て、後ろを見たら壁に蛇が二匹いて
「蛇がいるー!」と騒いでいた。
色違いの大きな蛇だった。

すると教室の四方の壁にも蛇がいて、こちらに向かって来ていたので
皆中央に集まって怯えていた。

この蛇を避ける為に、どう動こうか?と考えていて
皆が一斉に「せーの!」で四方の角に散らばったら避けられる?と考えていた。

★✩★✩★✩

起きたときは、何?この夢?と思った。
何故、壁にいたのだろうとも思っていた。

後で、「off the wall」という歌の「off]が気になって
歌詞の和訳を読んでたら、なんとなく理解出来た。

そうか、蛇は邪念なのか。
「自分の邪念を乗り越えろ!」という風に感じられた。

夢の中で私は、こっちに向かってくる蛇が怖くて
真ん中から隅に移動しようとしていた。
噛まれるのが怖いから避けようとしている。
外敵を拒んで、そこから逃げている姿。

自分の邪念を目の当たりにして、それをちゃんと見なさいと迫られて
逃げ場がなくなって隅に移動することで、邪念を避けようとしていた。
そうやっていつも逃げて真ん中から移動するから、邪念が真ん中に来るのか。

邪念=私の心の中にあるものなんだ。
だけど自分と邪念は敵対関係にあって、
自分とは対局の、自分を傷つける存在だと思っている。
だから攻撃したり、逃げたり、自分をプロテクトしようとする。
本当は、自分を傷つけている正体は、自分自身の邪念だったりするのだけどね。
だから憎むのではなくて、愛することで邪念が消えるのかな。

そんな邪念と、怖がらずに向き合って
自分を真ん中に置いたまま、邪念の壁を飛び越えろという夢だったのかなと思った。

追記****
翌朝起きてこの事を考えていたら、今度は逆のイメージが浮かんだ。
中央に集まって怯えているのは、心が自分の中に閉じこもって行くイメージで
蛇を避けて四隅にせーの!で走るイメージは、
衝突を避けて自分の心が外へと開放していくイメージにも思えた。

あー、そうか。
心を開けって事でもあるなと思った。

どっちもありなんだ。
両方で一つ。
それを分けようとするから、完全な形が見えない。
善悪もそうだね。
自分の中でこれは善、これは悪と分けるから欠けたままで全体が見えない。
どっちもあるんだとそのままを受け入れられたら、それは心を開いたという事なのかな。

miraes

Author:miraes
夢を中心に書いてますが、日常と照らし合わせて自分を見つめようと模索しているブログです。
 

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