2012 / 04
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今朝の夢です。

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2012. 4.21.(土)  旧暦 閏3/1  月齢 29.5  新月

三人姉妹?の末っ子らしき赤ちゃんが居た。
女の子?かもしれないけど、ボウズみたいに短い髪で、
しかもトラ刈りみたいなメッシュが入ったような、ちょい悪赤ちゃんみたいだった。

隣の部屋で若い両親が話しているのが聞こえた。
なんでこんな風になっちゃったんだろうね…。悪魔みたいな名前がよくないんだろうかね…。
どうやら赤ちゃんの事で悩んでいるような感じの会話だった。

赤ちゃんはそれをちゃんと聞いていた。
そしてふてくされていた。
親がそういう風に思っている事で、どうしようもない閉塞感を感じていた。
自分が何かをやっても、そういう風に見られていまうという気持ちが伝わってきた。

赤ちゃんとネコが一緒に段ボールの中で遊んでいた。
赤ちゃんはこのネコの顔をイジって髪型を自分と同じような感じに悪戯して、
うっぷんを晴らしているような気がした。
見ているとネコの額から目にかけて模様が入って変わっていた。
ネコはそれを自分の手で祓って、元に戻していた。
別に怒っている訳でもなく、うるさいハエを追い払うような、そんなしぐさだった。

それを見ていて、ネコは赤ちゃんの気持ちが解っているんだなと思った。
どちらかというと、ネコの方が親に近い感覚なのかもしれないなと思った。

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私もついつい、こういう『見方』をしてしまいます。
この人は「こういう事をしていた」から「今後も同じことをするんだろう」という偏った見方ですね。
フィギュアスケートの採点者と繋がってる競技者とか、裏金で罪を隠している政治家とか…。
ちゃんとはっきりとした現場を見た訳じゃないけど、なんとなくそう感じてしまう。
そこを乗り超えなければいけないのが、ずっとこれまでの課題でした。

徐々に、少しずつですが、私の中でも変わってきている部分もあります。
『見方』一つで、相手に届く心も届かなくなってしまうという事なのかな。。。

決めつけてしまっては、いけないんですよね。
それは自分の心も決めつけられるのと同じ。
未来は自分の心次第でどのようにも変われるものです。
だから、過ちは過ちとして置いといて、その人がその後をどう生きるかをちゃんと見なくちゃいけない。
その時は、素の心で見なくちゃいけない。
その信頼が、相手の心に届くのかな。
そして裏を走っていたその人が大きく変わる反転が、世の中に与える影響として大きいのかも。

ネコのように大きな愛で、そっと見守る愛情が素敵だなっと思いました。


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今朝見た夢です。

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2012. 4.15.(日)  旧暦 3/25  月齢 23.5

山のような階段式の建物の中にいた。
最初は低い位置から上へ、手に持ってるお弁当を上に移動させながら自分も登っていた。
(水が浸水していたのかな?そういう危機感があった。)
だいぶ上の方に登っていたが、外から動物がこちらに向かって来ているのが見えた。
犬だと思っていたらライオンだった。

二匹のライオンが外から入ってきそうで襖を閉めていたが間に合わなかった。
部屋の中にライオンが入って来たので、自分が食べられないように
持っていたお弁当を外にスライドして出した。
ライオンはお弁当を追って、外に出て行った。

気付いたら、年配の男性のお客さんが二人来ていた。
ここは旅館か料亭のような感じもしていた。
私は料理長みたいで、自分が心を込めて作った自慢の料理をお客に出していた。
急な浸水で材料が手に入らず、そこらにある有り合せのモノで作った料理だったけど、
自分の中ではとても良く出来ているという感覚があった。
お客も心から喜んで味わっていたのが解った。

目が覚めて時計を見たら「4時ちょうど」だった。
4時のライオンって獅子?

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起きた時間が4時丁度だったのと、ライオンの印象が強かったので
きっと何かのメッセージなんだろうなと思いました。

この二匹のライオンがどうこうじゃなくて、
自分の中で「食べられるかも…?」という恐さが心にあったんですね。
それで自分の代わりにと「手に持ってたお弁当」を犠牲にしていた。
なんとなく、「自分の代わりのイケ〇〇」を連想しちゃいますね…。

そしてその次に現れたのが、二人の年配の男性客。
この二人には、自分の中で出来る限りの努力をして持て成してます。
お客も心から喜んでくれてました。

なんだか対照的ですよね。
ライオンには恐怖心から「自分の身代わり」を使って、自分から遠ざけている。
二人の男性には「出来る限りの最善の持て成し」で自分の方へと招き入れている。
気持ちひとつで、随分と違ってくるものですね。

自分の中に不安感があれば、自ら取る行動も不信感を伴った形となる。
逆に自分の中に「相手を想う心」があれば、その行動も相手に通じる。

もしかしたら、すべては「自分の中の心次第」だという事なのかな。
それがやがて自分の未来へ「形」として帰ってくるという事を意味しているのかな。

これからの未来は自分の「心」が作っていくというメッセージなのかも。。。
自分が助かりたい為に代わりに何かを犠牲にするという時代は終わり、
相手に心を思いやる事で幸せを感じる時代へ変わったという意味なのかなぁ。。。






夢 スーチンさんと川崎駅に関連していると思いますが、
私が乗り越えなくてはいけない見方の一つに「正義感」と「公平さ」があります。
何を持って正義とするかの基準は曖昧ですが、私の中では「心に嘘つかない」事かな。

そして「公平であること」を望む心は、相手にも同じことを求めてしまいます。
「フェア」を求めるが故に、見せられる「現実」に心が反発してしまう。
ここを乗り越えなくてはいけないんですね。。。

相手に求めてはいけないのかもしれない。
人それぞれなんだから。
その人が自分で気付いて修正していくものだから。
だから「あるがままの現実」を受け入れるしかないんだよね。
どんな現実でも、丸ごと受け入れなきゃいけないんだよね。
でも頭では解っていても、心がやはり「反発」してしまうのです。

それでも、前みたいに「裏取引の現実」を見せられて、
心が折れてしまうような事はなくなりました。
「あれはあれで結果が自分に返ってくるから」と素直に思えるようになりました。
でも「その人を見たくない」という心があるのです。
私の中で「拘ってしまっている人たち」を正当に見れないのです。

多分、ここを言われているような気がしてます。
ちゃんと見れるようになったら、私の中で「正義感」も「公平さ」も無くなると思います。
その拘りが無くなって消化したということなんだと思います。

この事に関係しているのか解りませんが、時々浮かんで来る記憶があります。

幼少時に私が母の財布から小銭をくすねた事。
これは大人になって、母の介護をしていた時にもありました。
母のバッグの中からバスの回数券が出てきて、
もう母は使えないのだからと私が無断で拝借した事。
この時、母はすでに妄想気味でしたが、ちゃんと話せば理解していたと思います。
でも私は母に無断で、勿体ないからと貰って実家通いに使ってました。
この時も小銭も一緒に何枚かを財布の中から拝借していたと思います。
もう使われない回数券や小銭だし、母の介護通いに使うのだからと
私の中でこのことを「正当化」していました。

私は知能犯で、幼い頃から「全部をくすねるとバレるから、
何枚かを抜き取る」事を知っていました。
お金をくすねる事は私の中で「悪い事だけど、バレなければ別に構わない」
という感覚があったんですね。
お金に対してとてもルーズなところがあって、
それはバブル全盛時に働いていた時の感覚と重なります。

この記憶を思い出す度に、亡き母に悪かったなと心の中で謝ってました。
でも自分の心に対しても謝っていたのかな?
「悪い事をしていた」とその都度反省はしていたけど、
この「知能犯の計算高い自分」をちゃんと認識できていたのかな?

「バレなければ別にいい」という気持ちでいたから、
その「現実」が自分に返って来て、今見せられているんじゃないのかな?
だとしたら、やはり「そんな自分を見たくない」という表れが、
拘っている人たちを「見たくない」という心の反発なのかもしれない。

裏で人知れず罪を犯している人が、表では「公明正大」に凄く拘るのかもしれない。
本当は心が知っているんだよ、いけないことだって。
心は気付いているけど、知らない振りして
自分の過去に蓋をして「自分は清廉潔白だから不正は許せない」と思うのかもしれない。
自分の過去と、今見ている現実は「関係がない」と思うのかもしれない。
やっぱり繋がっていたんだね、因果応報なんだよ。

私の過去の因縁が「形」となって今の私の現実に現れて来た。
誰かが咎めるのではなく、自分の心が自分を咎めているのかもしれないね。
「同じ事しているんだって…」
それに気付くまで、何度も繰り返すのかもしれない。
小銭だろうと、大金だろうと、やっている事には変わりない。
因の根の部分は同じ。
小銭が積もり積もって大金となっていくだけ。

そうかぁ、やっぱり自分と関係があったんだね…。
だから「拘っている」のかもしれない。

きっと私の中で、拘っている人たちを「素直に見る」事ができたら
その時が消化したことになるんじゃないのかな。。。

ちなみに、母との思い出で「因果応報」の記憶があります。
介護中の母に「明日はバレンタインだから、父さんにチョコを贈る?」と聞いたら、
母は笑顔で「買ってきて♪」と私に頼みました。
チョコと共にレシートを渡したら、母が「おつりは?」と聞いてきたのです。
私は「最初からお金は貰ってないよー!」と答えたけど、
母は渡したと思うけどと懐疑的でした。

母の妄想なのですが、今考えて納得しました。
私が過去に母の財布からくすねたお金の因が、私に返ってきただけなんですね。
だから母の妄想は、霊的な部分では辻褄があっていたんだと思います。
こうやって、私に気付きを与えてくれていたけど、
今ようやくその事に気付けたのかなって思います。



今朝見た夢です。

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2012. 4.1.(日) 旧暦 3/11  月齢 9.5

観音開きの戸棚(小物入れ)があって、
その扉は開けてはいけないんだけど誰かが開けていた。
中から匂いがしているみたいで、
私は息を止めてその扉を閉めようとしていたら、誰かが閉めさせないようにしていた。

扉を開ける前は無臭だったのに、扉から匂ってくる香りをかいで、
目の前にいる人達が恍惚の表情をしていた。
私は匂いを嗅いじゃだめだと言ったが遅かった。
みんな息をしいてたので匂いを嗅いでしまっていた。
この香りを嗅ぐと何かを忘れるような、記憶力が低下するような感じがしていた。

私は手に剣を持って戦っていた。
その剣を観音扉のつまみ部分に掛けて抑えて、扉が開かないようにしていた。

後の展開があったが忘れた。

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これって、過去の記憶なのでしょうか?
この夢を見た後に感じた事、それは「古代は匂いってあったのかな?」でした。
この夢から考えたら、もともとはなかった匂いが「観音扉」を開けた事によって
発生したような感じがします。

観音扉…。
仏壇からも線香の匂いがしてきますね。
そういうことなのかなぁ。。。

ちょっと気になったので残して置きます。






miraes

Author:miraes
夢を中心に書いてますが、日常と照らし合わせて自分を見つめようと模索しているブログです。
 

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