2012 / 03
≪ 2012 / 02 - - - - 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 2012 / 04 ≫

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

夢 おみやげに出てきた「社会の抜き打ちテスト」ですが、
私が出来る事は「実家で父と一緒に食事をする事」かなと考えて
25日に実家へ行ってきました。
今まで「話す」ことをサボっていた訳ですから、その分を取り返さなくてはいけない。
実家は「音」の修業の場でもあったのです。

今年の春に父とマンションで同居するという話を以前書いたと思いますが、
いろいろと事情が変わってきました。

そもそも父がその事を決心したのは「子供の為」だったのですね。
実家の土地が祖父の時代からの借地なので、父はいろいろとゴタゴタがあったらしく
子供達にこの思いをさせたくないから自分の代でスッキリ処分しようと思ったそうです。
私達はそんなこと全然気にしないから、父が好きなようにすれば良いと言って見守り、
父は実家を自分が生きているうちに処分する事を決めてました。

でも年末の食事会で再度その話題が出たので、私は父に提案しました。
今まで一度も実家を離れて生活したことがない父が、
実家を失くしてしまう事の意味が理解出来ているのか不安だったので
「帰りたくなった時に実家がないという現実は辛いよ?
 実家はそのままにして私の所に取りあえず住んでみて、
 それから考えればいいんじゃない?」と。。。

父の方も「実家を離れる」という現実が日々近づいて来ると
ここで過ごしている日常が何物にも替える事の出来ない時間だと気付き、
この家を離れ難い気持ちに変わってきていました。
食事の時に毎日見ている「いつもある目の前の自然の風景」。
朝起きて外で体操している時に見る風景。
誰にも気兼ねせずに大きな音を出せる家。
自分のペースで生活することで「ストレス」を感じずに済む家。
何よりも祖父が父の為に残してくれた家だと、父自身が実感している大切な家です。

祖父は昔、父と言い争いの後に父に「出て行け」と言い出した事がありました。
でも冷静になって考えたのか後日には「自分たちが出て行く」と言いました。
父の弟夫婦の家に同居するからと、実家を出て行ってしまったのです。
それからというもの、祖父母は実家に戻る事が出来なくなってしまいました。
亡くなる数年前には「老人ホーム」を探しているという話を父は伝え聞いてます。
そんな事するなら実家に戻る様にと、父は祖父に何度も話していましたが
弟夫婦に長年世話になっている手前、そんなことは出来なかったみたいです。

多分、祖父母は何度も実家に帰りたかったと思います。
自分たちが建てた愛着のある思い出深い家なのですから…。
でも出来ない現実があった。
それは自分たちが作った原因でもありました。

そしてそれと同じことを、今度は父がしているのではないかと感じたのです。
子供たちの為を思って「実家」を取り壊したら
もう帰りたくても帰れる家がないのです。
子供たちの事よりも、自分の事を一番に考えて欲しいと父に話しました。
後悔しないという決心が付いたら、その時に処分したら良いのではないかと。
すると父は言いました。
「祖父が自分の為に建てて残してくれたと思えるこの家にずっと居たいと。」
それで私のマンションで同居の話は、保留となってしまいました。

一番良いのは父と実家で一緒に暮らす事なんですよね。
年老いて行く父が心配でもありますし…。
でもそれにはいくつか問題点がありました。
それは前に母の介護時に、実家で寝泊りしていた時に痛感した問題点でした。

隣に有った唯一のスーパーが無くなり、買い物は車でしかいけない距離になり
車の免許がない私はバスで街まで買い物に行かなくてはいけなくなり
バスの時間も1時間に1~2本で不便だったりもしますが、
でも一番の問題点は「騒音」でした。
家の前の道路の騒音もありますが、これは慣れればなんとかなります。
絶対に慣れる事が出来なかったもの、それが「テレビの大音量」でした。

父は職業柄、騒音の中で過ごすことが多くて若い時から「難聴」ぎみでした。
それが年を取るに従って酷くなり、「テレビの音が聞こえる」音量は度を越えてました。
台所で戸を閉めても大音量は筒抜けに聞こえてきます。
大音量を目の前でずっと聞かされる地獄…。
これが一番の悩みでした。
2時間も居れば頭痛がしてきます。

昔介護していた時にあまりにも煩かったので父にお願いして低くしてもらいましたが
それでも大音量には変わりませんでした。
私が我慢できる音量では、父は聞こえなかったのです。
それならと集音器を父にプレゼントして、最初は問題解決になっていたのですが
私が回す掃除機の音まで拾ってしまい、「使えない」と止めてしまいました。

私に合わせて音を低くしてもらうと、父の方が全く聞こえなくてストレスになります。
結局、実家で過ごす以上は「父に合わせる生活」になります。
でもこの「騒音」だけは我慢できませんでした。
これでは私のストレスが貯まるばかりだと感じたので、別に住んで通う事に決めました。

だからたまに実家で過ごすと、余計に騒音が煩わしくなってくるんですね。
実家で過ごすのも2~3時間が限度でした。
昼に実家に行って食事を作っても、夜まで時間があると耐えられなくて帰ってました。

だけど、最近「音」の因縁が私にあると気付いたんですね。
人と「話す」事をずっと避けてきたから、そのツケが実家の「騒音」なのかな。
溜まりに貯まって「爆音」となって私に返ってきただけなのかなって。
だったら「実家に行って父と食事しながら会話する」事が、
私の出来る音の因縁消化なのかもしれないと思ったのです。
それが夢の中の「社会の抜き打ちテスト」であり、母の「みやげ話」なのかなぁと
そんな風に思えて来たんですね。
それで25日に実家へ行って一緒に食事してきました。

台所で料理を作っている時に、父がテレビを点けたので
最初はやはり大音量が気になったのですね。
「うわっ!!!やっぱりうるさいなぁ…」と。
でも「これも私のこれまでのツケなのかもね」と考えていたら
あんなに煩かったテレビの騒音も、次第に気にならなくなったのです。
相撲を見ながら「興奮してテレビに話しかけてる父」に笑えて来たり。
今までは「煩さ」に苛立って、父のこんな行為もイライラしながら見ていたと思います。
この変化に驚いて、不思議だなぁ。。。と感じてました。

原因が自分にないと思っていると「イライラ」してくるけど
自分の因が戻ってきたと納得したら気にならなくなった。
納得して受け入れたら、心の余裕が出来てくるのかなぁと感じた一日でした。





スポンサーサイト

今日見た夢です。

++++++++++++++++++++++++++++++++++++
2012. 3.24.(土) 旧暦 旧暦 3/3  月齢 1.5

何度か目が覚めて、いくつか夢を見ていた。
その中で印象に残っている場面

何かをする為に(宗教みたいなものに入信?)並んでいて、ナナコさんも一緒にいた。
ナナコさんは私の助手みたいだったが彼女も名前を書くつもりでいて、
しかも順序的には私の方が先なんだけど、
いつのまにか私の前に居て順番を譲らなかった。

最初は私の方が先なんだから!という気持ちが強かったが、
次第にどちらでも良いかと思えてきた。
突然「Tの逆の字になって手を繋いでいる光景」が見えてきて、
私は交差する部分に居て下から上にエネルギーを送るような役目なのかなと理解した。
言わば「縁の下の力持ち」みたいな感じで、
それから察すると私も少しは成長出来ているのだろうか?(笑)

列に並んでいると誰かのお財布が目の前にあった。黒くて長方形の財布で、
中を確認するとお札入れの中に小銭やレシートがごちゃ混ぜに入れてあり、
私はお札の中の小銭とレシートを取り出して別にしていた。

しばらくして「あのお財布のレシートは、もしかしたら何か意味があって
あのような状態にしていたのかもしれない」と思えてきた。
レシートに重要な意味(清算証拠の為?)があるから、
持ち主がお札と一緒に入れていたんじゃない?
あれは持ち主にしか解らない意味があったんだよ、
それを私は良かれて思って勝手に仕分けしていた。
「ありゃー、大変な事していたかもしれない・・・」と反省して、
「あのレシートどうしたかな?捨てちゃったかな?」と不安になった。
ふと前を見ると、仕訳したレシートと小銭が目の前にあったので、
黒い財布のお札入れに戻して元の状態にした。

人のモノは何であれ、その人が処理すべきものなんですよね。
現実世界では絶対にこんなことはしないと思うけど、
多分考え方の部分を言われていたんだと思う。
私の「人のモノを自分で勝手に仕分け(意見、解釈)する行為みたいな感じですか?
うーん、他人の問題を勝手に自分で答えを出して
意見なり解釈なりをしてはいけないという事かな。
その人の問題はその人が片づけるもの。

私はこの傾向が大いにありますね・・・。…… ( 〃..)ノ ハンセイ
下から力を送るような感じになれれば良いわけですね。
人の心配するよりも、自分の問題を早く片付けなさいという事だと思います。(;^_^A ・・・

並んでいる時に、自分の写真をたくさん手に持っていた。
どれも私の顔が写っているが、前髪が「ちびまるこちゃん」みたないに
短く山の字にカットされてて、自分で見ても私じゃないような感じがしていた。

感覚的には眉と目の間に山形の髪があったように感じたが、
私が見ている私自身の映像は眉の上に山が来ていたような気がする。

++++++++++++++++++++++++++++++++++++


この夢のメッセージは、
「人のモノは何であれ、その人が処理すべきもの」
「横から勝手に口出し、手出し、間違った解釈、なんでもするべからず!」
そんなことを言われていたように思います。(;^_^A アセアセ・・・

どうだろう?
この夢から察すると、私もちょっとは進んでいるのかな?
今までは最前列で何かをやらかして怒られっぱなしだったけど(苦笑)
最前列から後方支援に回っているような気がする。
まぁ、間違い起こして夢で怒られてるのは相変わらずだけどね。(汗

「調整」という意味が、少しずつ理解出来てきたような感じがする。
Tの逆の字になって手を繋いで、交差する部分で下から上にエネルギーを送る役目。
そして同時に横のラインへもエネルギーを送っている。
それが「調整」なんじゃないのかな?
「後方支援、縁の下の力持ち」そこを目指して向かうべきなのかなと感じた。
イメージとして少し理解できた気がします。



昨日見た夢の中の一場面が気になってます。

夢の中でマンションの私の部屋が盗難に遭い、
泥棒と遭遇するが声が出なくて大声で叫べなかった。
(この叫ぼうとしても声がまったく出てこないという夢はたまに見ます‥)


叫びたいのに声が出てこない夢、たまに見てるんですね。
恐さとかで声が出てこない感じがありました。
これ私の「話すのが苦手」な因縁と繋がっている様に感じます。

このことを考えていたら幼少時の記憶が浮かんできました。
小学生3~4年の頃だったかな。

学芸会の催しを自分で選択できるというので
私はいつも楽器演奏ばっかりだったので「演劇」に出てみたいとそちらを選択しました。
そして目立たない私の役は、セリフが無い「草」でした。
草の絵を持って座っている役です。(笑)
でも私はそれでも良いかなと思ってました。
とにかくお芝居に出て見たかったのです。

すると後で先生に言われました。
お芝居が良いの?
出ても草の役で、黙って座っているだけだよ?
それよりも音楽の方をやってみない?
あなたは楽器が弾けるんだから!
そう言われて、私は演劇から楽器演奏グループに変わりました。
この時、何の楽器を使ったんだっけ?
木琴?ビアニカ?
当時は鼓笛隊にも入っていたので記憶がごちゃ混ぜになってますが、
多分、木琴を叩いていたような記憶があります。
私の「演劇デビュー」の夢はとうとう、一度も叶えられる事がありませんでした。(笑)

この演劇の配役の「草」が気になってるんですね。
何も言葉を話さない「草」…。
私の前世は草になったことがあるのかな?

前に「メンテー」というwikiを読んでなんとなく気になってました。

 メンテーは草に変えられてしまって、以来この草はミントと呼ばれ…

自分の旧HNと読み方が似ているなぁと気になっていたんですよね。
それに別の夢では、幼馴染に「〇〇〇…草さん」と呼ばれていたし。
小学生の頃、初めての役が草だったし。(笑)
やはり私は草になったことがあるんじゃないかなと思ったんですよ。
別の夢でも、学長に「あなたは前の葬祭時にサポったし…」と言われたし。
私、草になってサボったんですかネ、話す事を…。
だから人前に出るのが苦手で、何を話していいか解らず真っ白になるのかな?

小学生でまた「草」に戻ろうとしたら、先生に「ダメだよ」と諭されて
自分で音を出す方向に変わった。
これ自然と因縁切りができてたんですね。
ここで自分の我を張って、何が何でも「お芝居」が良いと拘ったら、
また因縁が新しく出来て来るんだよね。
やはり「拘る」のは良くないという事なのかな…。

草になって喋ることなく座っているだけ…。
ずっと逃げていたんですかね…。
今考えると深いです。(笑)
自分で音を出す方向に向かいなさいという事だったのかな。
だから人前で喋る因縁が、今回何度も巡って来ているんだ…。
マンション理事長の役がカルマの箱に入ってきたのも、
こういう事だったんだなと納得しました。

気付いたら一人暮らしで日常でもあまり話す事がない人生でした。
自分で無意識にこちらを選んでいたんですね…。
こちらが「楽」だから…。
もしかしたらこのブログが話している事の役割を果たしているのかな?
本当は声に出して話した方がいいんだよね。
もっと日常で話す事を意識して増やすようにしなくちゃね。
だから家の中で黙って座って過ごしているよりも、外を歩き回って
いろんな人と接して『話す』ことが良いんだなと理解しました。

草かぁ。。。
話す事が苦手な人は、私と同じように「草」だったことがあるのかも!?(笑)
あー、だから旧HNを変えなさいという意味の夢を、以前に見たのかなぁ?

私って、オンチだからカラオケも苦手なのよねー。
でも、自分を変えていかなくっちゃなー…。
声に出して練習していたのは「英語の発音練習」だけだったなぁ。。。
あれ、また始めようかなぁ。。。



今朝見た夢です。

++++++++++++++++++++++++++++++++++++
2012. 3.18.(日)  旧暦 2/26  社日(春) 月齢 25.2

いろいろと夢を見ていたが断片しか記憶がない。

テレビに出て歌を歌うみたいで、他の出演メンバーと一緒に並んで出番待ちしていた。
私は左隣の女性と話をするのに夢中になっていて、
右隣の知り合いの女性が私の服の捻じれを綺麗に直してくれているのを知らなかった。
それを私が遠くから見せられているような感覚で見ていた。

++++++++++++++++++++++++++++++++++++


知り合いの女性に私はいつも厳しい事を言われて注意されていたので、
私の心の中ではまた怒られるのかなという苦手意識があったみたいだが、
その場面を見せられて私はちゃんと人を見ていなかったことに気付いた。
何かをやらかして怒られるのか嫌だから「怒られない為に何もやらない」のではなく、
叱ってくれる人がいるという事自体が有り難いことなんだと改めて気付かされた。
叱りながらもちゃんと見えない所で私のバランスが悪い部分を直して調整してくれている。
私は他の事に夢中でそれを見ていないから気付かないし、お礼を言う心もない。
それが夢の中の一場面なんだなと感じた。

私の衣装は白いコットンかシルクみたいなチュニック風ブラウスに刺繍がしてあって、
そのブラウスの着方がアンバランスだったみたいでそれを直してくれていた。
このブラウスは前日にテレビで見ていたベトナム旅の壇れいさんが着ていた服に似ていた。

知り合いの女性は親戚の叔母さんのようにも思える。。。
私の心の中に苦手意識があるのは、
私が怒られるかもしれないからという恐怖があったからかな。
私の為を思って言ってくれていた事なのにね。

この叔母さんは私だけではなく、従妹の子供たちにも同じように意見してました。(笑)
きっと放っておけないという愛情があったのでしようね。
怒られた当初は素直に受け入れられないかもしれないけど、
時間が立って振り返ったら必ず自分が悪かったことに気付きます。
そういうことを私に見せてくれていたんですね。

注意を受けるのは、私が変われると思ってくださるから。
「何を言っても変わらないな、あの人は」と思ったら、
見放されて何も言わなくなってくると思う。
だからいろいろと自分の悪い部分を注意をしてくれる人は、
とても有り難い存在なんだと思います。

そういう方々にちゃんとお礼は言えてないけど、心の中で感謝しています。



今朝の夢は「猫の鳴き声」で、目が覚めました。

++++++++++++++++++++++++++++++++++++
2012. 3.16.(金)  旧暦 2/24  月齢 23.2

夢の中でいろいろと見せられていたようで、
私はそうか!そうなんだよね!と妙に納得していた。
場面を通して何かを学んでいるような、そんな感覚があった。
でも何を見ていたかは、記憶にない…。

突然、みゃー♪という猫の鳴き声が聞こえたような気がして、目が覚めた。

++++++++++++++++++++++++++++++++++++


前回の2/26の夢では「ワン♪」という犬の鳴き声で目が覚めました。
その時の夢は。。。

パソコンを見てて、私のブログにメール通知が2件入ってた。
でも時間的なものかわからないけど、
前に戻っていたようなそんな感覚があって何だろ?と考えていた。
そこの場面かどうかはわからないけど、
「ワン」という犬の鳴き声が頭の中で聞こえて目が覚めた。


そして同じような状況で、今度は「ミャー♪」です。
しかも夢の内容は覚えてない。
でも、とにかく何かを見せられていて「妙に納得していた」事は覚えている。

もしかして「にゃんこ先生?」(笑)

にゃんこ先生と言えば「いなかっべ大将」ですが、
昔横浜で一緒に共同生活をしていた友人のあだ名が「大ちゃん」でした。
女性だけど「大ちゃん」(笑)
素朴で大らかな印象がこの大左衛門に似ていたからと、ついたあだ名でした。
彼女の名前は私と同じでもあります。
苗字が一字違いだけで後はまったく同じ。
たまたま同じ日に専門学校の見学に来ていて知り合いました。
そんな不思議な縁を感じている友人ですが、2/22に彼女の夢も見ていました。

++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
2012. 2.22.(水)   旧暦 2/1  月齢 0.2  新月

大ちゃんと横浜?のアパートに引っ越して一緒に住むことになった。
大ちゃんの荷物は既に運んであるのに、
私はまだ何も用意してなくて襖を開けたら自分の布団も空っぽだった。
今夜はどうやって寝ようかと考えていた。

家の中を見て歩いているみたいだったけど、あまり記憶にない。
いろいろと展開が有った事は覚えているが、内容が思い出せない。

自転車を実家から持ってこなくてはと思っていたが、
ここで新たに買ってもいいかなと考えていた。

+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++


そして不思議な事に彼女からこの日手紙も届いていたのです。
先日私が送った手紙の返事でしたが、夢と何か関係があるのかなと感じました。
彼女の夢を見た日に、彼女から手紙が届いたのですから。

夢の中の横浜のアパートは、昔二人で住んでいた地名を意味していたのかなと感じます。
相鉄線の「希望ヶ丘」に住んでいました。
つまりパンドラの箱の最後の「希望」に入ったというお知らせなのかなと。。。
いろんな災難が去って、これから「希望」へと展開していくということかなと。

でも夢の中で押し入れの襖を開けたら、私の荷物だけがなかったのですよ。
ここが (・・?;) え? 状態だったのですが、最近解りかけてきました。

彼女は田舎に帰って結婚し、子供を産んで立派に育てて、
旦那の仕事を支えて、しかも同居している義親の面倒も見ている。
家でやってる農業を手伝って、旅館にもアルバイトに行ってる。
しかも今度は義母の介護もしなくてはいけない状況で、大変な毎日がずっと続いている。
パニック障害になったこともあったし、本当に精神的に参っている。
こんな状態がいつまで続くのだろうかという先の見えない不安も彼女の中にあるけど、
ギリギリの所で彼女は一生懸命逃げずに日々、現実と向き合っている。

こんな彼女が一番「希望」に近い存在なんだと思った。
彼女が自分の現実で受け止めた辛さや悲しみ、いろんな感情を乗り越えた時に
彼女の中に見えてくる「境地」があるのかなと感じた。
それがいろんなことを「変えていく」力に変わっていくのじゃないかな。
調和へと変えていく力、それを彼女のような人たちが一番早く身に着けると思う。

だから夢の中で彼女は「希望」へ いち早く引っ越して
「すぐに生活できる状態」を表していたんだと思う。
私はと言うと、精神世界や知識病にどっぷりハマって
日常生活を疎かにしていたから、まだまだ「希望」へ引っ越せないでいる状態。
だから私の荷物がなかったんだね。

今日見た夢でも、そんな感じの事を納得していたように思えるし。
やっぱり、講師は「にゃんこ先生」だったのか!?

ニャンコ先生は 大左衛門の師匠。二足歩行する奇妙なトラ猫

二足歩行する猫!!!(^○^)

そういえば、今朝玄関を掃除している時に気付いたことがありました。
玄関に「サルの縫ぐるみのモン子」を飾っているんだけど
傘立ての上に座布団敷いて「座らせて」いたんだよね。
それ見て思ったよ。
「あー、キミもずっとここに座ってたんだね」と笑っちゃいました。
さっそく「座らないで立たなくちゃ!」とモン子の足を立たせて飾りなおしました。

これからモン子を見る度に、
「そうだ、私も楽しないでちゃんと立つ準備しなきゃ!」と意識できるかもね。



今日見た夢です。

++++++++++++++++++++++++++++++++++++
2012. 3.14.(水) 旧暦  旧暦 2/22  月齢 21.2

ボウリングのゲームをしていた。
休憩時間が長かったのか、今までやっていたレーンが使用できなくなっていた。
よく見たら右先にある新しいレーンに移動したみたいで、そこでゲームの続きをした。
私の番になったので勢いよくボールを投げるが、
投げた後に大きく転んでしまいボールもガーターになったような気が…。
自分で転んだ姿に、恥ずかしさと可笑しさでその場で大笑いしていた。

場面が変わってテレビをみているような感じで目の前に4~5人の男性グループがいた。
これから剣術?アクション?よくわからないけどそれを始めるようで披露していた。
グループの中の2人の心の声が聞こえていた。

向かって右端にいる人(Aさん)だけが真剣に剣術?に熱心に励んでいて、
自分はみんなとは違うと思っていた。
なんとなくスマップの吾郎ちゃんにタイプが近い感じ。
(前日にハングリーのドラマを見ていたからかな、吾郎ちゃんの役柄に似ていた。。。)

グループの一人(Bさん)が抜ける?か何かで、
練習もあまり真剣にはやっていない感じがしたので、
AさんはBさんにだけは絶対負けないと思っていた。
Aさんの心の声は、自分が上だとか自分を自慢するような感じの声が聞こえていて、
私はそんな事を考えているとは思ってもいなかったので、
なんとなくヤバくない?と感じていた。

突然画面がBさん一人に切り替わった。
Bさんしか映ってなくて、Bさんの顔の表情で周りの出来事を想像するような感じ。
Bさんの目は周りで何か起きたことを物語っていた。
ハプニングにビックリして驚いたような、笑っていたかもしれないが
この辺の記憶は曖昧です。

見ている画面が広角に引いていき全体が見えてきた。
そこには転んでいたAさんの姿があった・・・。
Aさんは何故自分が転んだのか不思議でならないような感覚でいた。
毎日みんなよりも真剣に練習に励んでいたのに?
なんで負けるはずがないと思っていたBさんの目の前で自分が転んだのか?
信じられないような感じだった。

画面がBさんのアップに戻った。
Bさんの腕がみるみるうちに筋肉モリモリに変身していた。
来ていた服が破けて、筋肉が膨らんでいくようなマンガ的画面。
顔と腕が一致していないような、合成画面のような、そんな感覚があった。
Bさんはキン肉マンみたいな感じに変身していた。

++++++++++++++++++++++++++++++++++++


「転んだ」という事から、もしかしたらAさんは私自身の姿なのかもしれません。
心の在り方が大事だということかなと感じました。

どんなに一生懸命何かに向き合っていても、その人の心が天狗になっていたら
やっぱり鼻はへし折られて転ぶんですよ。
私もこんな部分があったかなと、この夢を見て気付きました。

因縁解きに向き合おうと必死になってやっても、それは偉くもななんともないと言う事。
自分がしたいからやっているだけなんだけど、そこを勘違いしてくるんだよね。
自分は一生懸命、やろうとしていますよ!ってとこで
何もしていないように見える人たちと比べて天狗になってる部分があったと思う。
自分の因縁は自分が解くのが「当たり前」なんだけどね。
しかもやろうがやるまいが自由であって、偉くも何でもないんだよね。
その人にやる、やらないの結果の形が戻ってくるだけなんだと思う。
ただ、やった方が全体に及ぼす影響が変わってくるからやった方がいいだけの話。

夢の中のAさんは「真剣に剣術?に熱心に励んでいる」という事だけで
他とは違う、やっていない他のメンバーよりも自分の方が優位に居ると思い込んでいた。
だから慢心の声が聞こえてきたのだと思う。
そしてその思った事が、現実となったのだと感じた。

熱心に励むという事は、そこに集中していくわけで
そこしか見えてこないのかもしれない。
そうすることで狭い視野になって拘っていくのかな。
私もこれまでを振り返って思い当る事があるもの。
あまり因縁を解くことに必死になることもないんだなと感じた。
自然に気付いて自然に解いていく。

むしろBさんのような「あまり真剣にはやっていない感じ」が
拘りもなく固執することもなく、あっさりとした想念になるのかも…。
だから自然に気付いて自然に変身したのかもしれない。(笑)
そういう事なんだと思いました。

気張らず、自然体で前向きに。
そういう生き方をした方がいいのかなって思えてるようになりました。

この夢の中の「思った事が現実として現れてくる」という現象ですが、
実は私の現実でも起こりました。

昨日パン屋さんに寄ったら、シールの配付方法が今までとは変わっていたんですね。
このパン屋さんは最近買い始めた店で、最初買った時に聞かれたのです。
「シール、集めてますか?」って。
シールは集めるとポイントになるから、貰おうと思って『はい』って答えたんですね。
今まで集めてなかったけど、欲しいから「はい」と答えた。

で、それからもシールを貰っていたのですが、貼る台帳がないので前回聞いたんですよ。
「シールを貼る台帳はありますか?」って。
そしたらレジの左側の目の前に置いてあった。

家に帰って、今まで貯まってたシールを全部貼り終えて台帳を見たら
有効期限が書いてありました。
「一年間有効」みたいで、その時思ったんですよ。
有効期限があるならシールを張らずに、全部集まった時に張る方が良かったかな?と。

そしたら次の時に「台帳に貼って渡す方法」に変わっていたのです。
もしかして私の心の声が聞こえたのかな?と思った程タイミングがすぐでした。
今考えたら、きっと私の言葉に反応して、方法が変わったのかなと思います。
私が考えていたように貯まった時に台帳を貰えば有効期限は関係なくなるから。
私の言葉で店側が「有効期限詐欺方法」に気付いた。(;^_^A アセアセ・・・
私は「最初から考えていた」訳ではなかったのですが、
貼った後に心で思った事は事実なんですね。
それが結果として現実に起こる事になったのではないでしょうか。
これ、夢と同じですよね。

これも1つの時間操作であり「楽して貰う」という事に繋がってますかね…。
悪い事は心に思ってはいけません。
もし思ってしまったら気付いて、すぐにその場で反省すべきだと思いました。
心根は言わなくても見え始めているような気がします。
心で思っている事が現実世界に現れてきているように感じます。

そんな夢と現実の話でした。





今日で311東日本大震災から一年が経ちました。
震災後に福島の原発事故も起こり、
その二重苦で未だに震災は尾を引いていると思います。
被災された方々の心の傷は深く、かなりの時間を要するのかもしれません。

しかし生活するだけで精一杯の時期は、
いろいろと考える余裕もないのかもしれません。
余裕が出来た時に、ふっと振り返って思い出して
悲しく辛い気持ちになるのでしょうね…。
だからこそ、必死に「一日を生ききる」という事は、大切なことなんですね。
逞しく明日を生きようと頑張っていらっしゃる方々に、
たくさんの気付きを頂いてます。

自分に何が出来るのだろうか?
そう考えた時に、やはり自分で自立するのが先決だと思ったんですね。
これは「価値観を変える」大きな節目なのではないかなと感じたのです。

被災当時は、多くのボランティア、助け合い、
心と物質両面での「共有」が必要だと感じました。
これはやはり「命」を繋ぐために、とても必要な事だと思います。

しばらくはこういう状態が続くでしょう。
でも、これは一時的なものなんですよね。
命を繋ぎ、ある程度落ち着いたら、
そこから先は、自分たちで創り上げていかなくてはいけない。
そういう意味でも、「自立」できる心を育てる事が先決なんだと感じました。

「失くしたものを取り戻す」のではなく、「全く違う新しい価値観」を作る。
自然の意志は「物質を満たす事」ではなく「心を満たす事」なのかと。
海は浄化の意味がありますし、必ず「新しい何か」を生めると思います。
その先駆けが、大災害を乗り越えた、被災された東北なのだと思います。
だから被災された方々が必死に前向きに生きる事で「+α」が生まれると思う。
それは自分達では感じてないかもしれないけど、確実に周りに影響している。

私にも「+α」の影響は届いてます。
私にとっても「311」は、大きな転換期でした。

「311」以前の私は、見えない世界にどっぷり「依存」してた毎日でした。
毎日の生活よりも、見えない世界の方が大切でそこに重点を置いていました。
いつも頭の中で考えているのは、「日本を救いたい」という想いだけ。
「みんな気付いて」という「私の押し付け」だった。

日本を護るためなら自分の命さえも投げ出しても仕方がないという気でいた。
それって「生贄の仕組み」そのものなんですね。
自分の命は自分しか守ってあげる事ができないのに、
それさえも気付けていなかった。

でも「心の変化」は、この311を境に、180度逆転して行きました。

津波の爪痕と終りの無い放射能問題。
「一日を生き伸びる」という
「目の前の生活」が大事な事に気付かされました。

それから「見えない世界」の仕組みを知る様になり
仏教、キリスト教、神道など、すべての宗教から離れていきました。
外の事よりも、自分の因縁を解くのが大事だと知りました。
まず、自分で自立できないと「何も出来ない」と解ったからです。

でもまだ自分の日常には目を向けられませんでした。
自分の因縁が見えてなかったからです。
今度は神話などに拘って自分の型を探そうとしました。
型を知る事で因縁が解ると思ったからです。

でも型を知ったところで、自分の因縁らしきものを知ったところで、
それだけでは因縁は解けないんですね。
解けたと思い込んでいるだけで、自分の内面の闇は消えていない。

そして、自分の日常生活を逃げずに過ごすことで、
そこにこそ「因縁を知ることが出来る鍵」があると気付きました。
自分が「経験」した事にこそ、因縁を解く鍵が隠されていたのです。
自分の因縁なのだから、自分の経験にしかないんですよ、解く鍵は。
神話の型は参考になっても「自分自身」ではない。
影響はしているかもしれないけど、私が解く因縁は私の中に有る。
そういう事が、最近解りかけてきました。
だから気付いた時に、振り返って反省することにしました。(;^_^A アセアセ・・・

思えば311の後に、マンション理事長の役目が来てます。
これまで日常でサボっていた分を取り返しなさいという意味だったのかな。
「見えない世界」を信じる事は大切だけど、過信してはいけない。
自分の日常にこそ、見えない世界から絶えず「気づきのサイン」を送ってもらっている。

そんな風に考え方が変わりました。
この一年は、私にとってはとても大きな意味を持っていました。
一年で何十年分の垢が少しずつ剥がれ落ちてくような密度の濃い一年でした。

311で失ったものは現実世界では数えきれないほど大きかったけど、
でも私は「目に見えない形ではないもの」を数えきれないほど頂きました。
それによって少しだけ「自分を変える事が出来た」ように感じてます。




昨日、金スマを見ていたのたのですが
「春香クリスティーンさん」の変化が物凄かったですね。
最初は「モノに埋もれた汚い部屋」で生活していても何も感じることなく、
誕生日に貰ったケーキも箱に入ったままの状態で埋もれていました。
モノに対して「感謝」というものを全然感じられない状況が見て解りました。
生まれがスイスだから?
生まれた環境が違うから?
いえいえ、そんなことは全然関係がなかったんですね。
「気付かなかった」だけなんですよね。

その証拠に、モノに対して、部屋に対しての「感謝」を感じてからは
次第に愛着が出てきて、部屋を自主的にお掃除するようになりました。
誕生日に貰った「花束」が枯れ果てている姿を目にして彼女は
突然大声で泣き崩れてました。
この変化は凄いなぁ…と、とても気付かされました。

私も似たようなものだったなぁと、過去を振り返って思ったのです。
部屋を汚くしているという意味ではないですが。(笑)
私も「感謝」ということに「気付けない」女だったのです。
「当たり前」だという感覚が常にあった…。

バブル全盛の時期に勤めていると、勘違いして感覚が狂うんですよね。
お給料は貰うのが「当たり前」
休暇も当然の権利で「休みを取るのが当たり前」
仕事時間に歯医者に行くのも「当たり前」
ヘタすると仕事時間内に「自分の買い物」も平気でしていた。
ちゃんと「〇〇へ行きます!」と言いさえすれば許されると思っていた。

上司に食事を御馳走してもらうのも(どうせ社内費だからと)当たり前。
自分の過去の姿を振り返って「感謝」という言葉は存在していませんでした。

そんな時、友人に誘われて入ってた新興宗教〇〇〇の接心で初めて
「感謝ですよ」と言われました。
言われて初めて「感謝」を意識するようになりました。

当時の接心で頂いてた言葉に
「羊羹を誰かに切って貰って、前に差し出されるのを待っている」
「座布団を渡されるのを待っている状態」と言われた事もありました。

何もかも人がやってくれるのを「ただ座って待っている状態」だと
指摘されていたのです。
これ今考えると私の「依存体質」の因縁そのものですね…。

短大の入学式の時、持参すべき書類を「母」が持ってました。
それを先生に指摘され、みんなの前で
「なんであなたの書類を、あなたではなくてお母さんが持っているの!」
と強く叱られました。
私はこの先生の言葉で、母にすべてを依存していた自分に気付きました。
それが当たり前だと思っていたのです。
でもみんなは「自分が持っていた…」
私はとても恥ずかしかったけど、
でも言ってくれたおかげで「気付く」ことが出来ました。
本当は言われる前に自分で気付ける方が一番いいんですけどね。(;^_^A

そんな出来事を経験して、
私は「なんでもやってくれる母」の元にいると依存して自分がダメになる、
このままではいけない、自分を変えなくてはと思うようになり
結果的に東京へと上京することになったのです。

東京で一人暮らしを経て、自分の事は自分でやるようになり
少しは依存体質から抜け出れたかなと思っていましたが
それでも会社に依存していたに過ぎなかったのかもしれません。
「感謝」という言葉を知らずに生活し、
自分が受ける事は「当たり前」だと勘違いしていた自分がいました。

それが昨日のテレビの「クリスティーンさん」と重なったのです。
ああ、私も同じだったなぁと。。。

新興宗教〇〇〇は、結果的に違うと感じたので脱会しましたが
それでもすべてが悪かったわけではありませんでした。
ちゃんと大事な事は言って貰っていたのです。
「感謝ですよ」
「羊羹を誰かに切って貰って、前に差し出されるのを待っている」
「座布団を渡されるのを待っている状態」

これがきっかけで「感謝する」ということを深く考えるようになったし、
私が気付くべき「依存体質」をちゃんと指摘されてました。
善悪、両方あったんですね。
それに気付かずに、悪い面だけを見て「否定」していました。
そこは間違っていたなぁと反省しています。

あの時言っていただいた「依存体質」を、
十数年経った今やっと「理解」できました。
大変遅くなりましたが、感謝を述べたいと思います。
ありがとうございました。<(_ _)>


今朝、歯を磨いていると、一瞬「歯磨き粉が凹んだ」ような気がしました。
「あれ? 今、凹んだかな?」とその時は気にしてなかったのですが
磨いているうちに、「もしかして何かのサイン?」と気になりだしました。
歯磨き粉をよく見ると、なんと意味深な言葉が書いてありました。(笑)
denter

凹んだ部分は「デンター」の「ン」の部分です。
「デター!」と読めますね。
その上部分に「歯と息キレイに!クリーニング顆粒!」とあります。
「歯と息」は「八の神と息の神(空気の神)」に読めます。
キレイにクリーニングして、クリアMAXで「最大クリア」完了♪ですか?
ピュア(フルーツ)になったというメッセージに思えました。

フッ素が配合されてて薬用(89の仕組み用歯磨き)だったのが
ピュアでクリーンになったという意味ですかね。
しかもLIONです。
獅子の生まれ変わりかなぁ。。。なんて考えてました。

みんな黒い部分は「反転」できるんですよね。
自分で振り返って、気付いて、反省して「反転」できる。
だから否定ではなく肯定で見て行かなきゃいけないなと反省しました。

私は過去の歴史を知ると、悪い事をしていた人たちに対して
否定的に見てしまう感が大いにありました。
それは過去の過ちを「いつまでも許してない」という見方になるんですよね。
それだと、自分の過ちもいつまでも許されないことになる。
そこに明るい未来はないですから。
過ちは気づいて反省した時点で消化されるものですよね。

だいたい、今の自分とは関わりがない事なのに
「否定的=許せない」というのも変だし、自分勝手で態度が横柄過ぎますね。
自分は何様のつもりなんですかね。(;^_^A アセアセ・・・
許せないと言える立場でもないのに、それを勘違いしてました。

テレビのニュースを見ていても、罪を犯した人を正義感で
「なんて人!」「悪い事して!」と思ってしまいますが、
これもやっぱり違うのかなと思いました。
自分とニュースに出た人と直接関わりがあるんですか?
あんたにそう言う権利があるんですか?って事にならないかなぁ。
「罪を犯す事」は悪い事だけど、それは当然の事なんだけど、
罪を犯した本人が反省すべき事なのではないのかなと。
被害者はこの「許せない」という言葉を言える立場ですが、
関わりがない人が否定するのは違うのかなと思ったのです。
否定はできないんじゃないかって。
ニュースで知らなければ、否定も「生まれない」わけですよね。
事実を知る事は大切ですが、「否定」は間違いなのかなと感じたのです。

そうか!
それで私はいつもコラッ!ヽ(`Д´)ノと怒られてたんですね。(苦笑)
...... ( 〃..)ノ ハンセイです。。。

今日の午後にも「気付き」はありました。
父と一緒に母の墓参りに出かけたのですが、
父は持参した「霊園だより」を私に見せながら言いました。
「ここの霊園の20周年法要祭が3/25にあるけど、どうする?」と。
法要はあまり故人の為になっていないように私は思っていたので
一人では行かないけど「父が行きたいのなら一緒に行くよ」と言いました。
それで詳細を見たら、申し込みの締め切りが3/3必着だったのです。
もう過ぎてるじゃん!(笑)
結局、法要は止めましたが「法要だより」には興味深い文字がたくさん書いてあります。
「20周年法要祭」「創刊のご挨拶」「太陽(会社の名前)」
「国松(石材)」「油山観音」等々。。。
やはり新しく生まれ変わる反転の「お知らせ」のような気がします。

そして「法要」「期限超過」で、思い出した事がありました。
先日あった叔父の7回忌法要で着た喪服を
まだクリーニングに出していなかったことを…。
すっかり忘れてました…。

そうか!
早くクリーニングに出しなさい!というサインだったのかと気付きました。

法要で持ち帰った「気」が部屋中を覆っていて
「この周辺の『気』が下がったまま」ということなのかも。
だから今朝の歯磨きチューブが凹んだのか!
「歯と息キレイに!クリーニング顆粒!」だから
キレイに!クリーニングしなさいと言われていたのか。(;^_^A アセアセ・・・
家に戻って、喪服を急いでクリーニングに持って行きました。

歯磨きチューブと霊園だよりの気になる文字には共通点があります。
「デンター」は「田田(でんた)」とも書けますよね。
田の囲いを取ったら「十」で、それが二つで二十(=20周年)
仏教(霊園)の囲いが取れたお目出度い節目の20周年法要。
それで新しい「太陽」の「創刊」に取れます。
そして国の松(石屋)、「油の山の観音」が生まれ変わるのかな。
国松(石材)の会社概要には「ライオンズクラブ」もありました。

歯磨き粉も「ライオン」だし、やはり共通してるように感じます。(笑)




昨日の記事で昔母にビンタされて大泣きした思い出を書きましたが、
泣いた理由を思い出しました。
一緒にいた幼馴染の前でビンタされたのが、とても恥ずかしかったのです。
「自分の恥ずかしい姿を人に見られる」というのが嫌だった。
それがいつも遊んでいた年下の女の子だったから余計に嫌だった。

見られたくない姿を見られてしまった事で、悔しくて私は泣きだしました。
勿論母のビンタが痛かったこともあります。
でも心情的には、「恥ずかしいから泣いた」ということを思い出しました。
そして恥ずかしいから更に「口答え」して母に反抗していた。
それを怒って悲しんでいる母の顔が、なんだか辛かったのを思い出しました。
自分のやった事が原因なのに、恥ずかしい姿を見られたと母を恨んだ。
それで悔し涙を流したけど、冷静になったら自分が悪かったと気付いた。
そんな感じの涙だったような気がします。

きっとこの時の涙は、私に何かを気付きなさいという大切な涙だったのかも。
だからこの場面を不思議と覚えていて気になっていたし、
現実では「ドアに頬をぶつける」という、ビンタと似たような事象も起きた。

自分が原因なのに、自分の恥ずかしい姿を見られたことを逆恨みして
さらに文句を言って母を悲しませていた、幼き頃の私の姿。

今、同じような事が起きたらどうかな。。。
やっぱり恥ずかしくて相手を恨んでしまうかもしれない。

部下の前で上司に恥をかかされて、上司を恨むのも同じパターンですね。
昨日の夢の中でも、私は社長に叱られっぱなしでしたが
恨んではいなかったように感じてます。寧ろ、良く見てるなーって驚いてた。
でも夢ではなく現実に起きたら、どうかな。

そう言えば、昔そんなことがあったな。
当時は「私を誤解している」と思っていたけど、
私も怒られて当たり前の事をしていたと最近思い出して反省していた。
だけど当時は「自分は悪くない」と思っていたなぁ。。。
そんな昔の記憶の「自分の思い上がり」を\(_"_)反省しろという涙かなぁ。
昨日の夢では「私が許容量を超えてると仕事を断っていたこと」に対してもあるのかな。
やる前に「逃げるな!兎に角、やってから言え!」ということかな。(;^_^A アセアセ・・・

「人の目を気にすると判断を誤る」という意味も込められてますね。
それと関係しているのか、似たような夢を見ました。
もしかしたら、これは私の過去世なのかもと思えるような夢でした。

++++++++++++++++++++++++++++++++++++
2012. 3.5.(月)  旧暦 2/13 啓蟄 月齢 12.2  

どこかの国のお城?大きな部屋?に居て、人がたくさん集まっていた。
私はそこの王女みたいで、隣には「血の繋がりがない妹」が座っていた。
そして妹の隣には男性が座っていて、妹に何やらヒソヒソと教えていた。

すると妹が私に向かって言いだした。
あなたは血の繋がりがない「偽物の王女」で、私が本物の王女だと。
その証拠になる情報も持っていると。
私は突然の言葉に驚くが、
私は私で「自分は間違っていないという確信」はあった。
だけど証拠となる情報はとっさに出て来なくて黙っていたら、
周りにいる人たちが一斉に妹側に付いた。
その中の一人が私に酷い事を言ったので、
忘れないように彼の名前を聞いたが覚えていなかった。
周りにいる人々の「私に対する反感を持った目」に耐えられなくて、
私はその場を出ていく事にした。

扉を開けると外に女性が立っていた。
ハムか何かの集金に来たみたいで、
何度も呼んだけどなかなか開けてもらえなかったみたいで、
やっと開いたと喜んでいた。
集金の金額を聞くと凄い桁の数字を言った。
いつもは私が印を押して支払える形式なのだけど、
私は血の繋がらない妹に「支払って」と言ってその場を去った。
妹は印がないと支払えないので、私を探しに追ってを出してきた。

場面が変わった。
現実世界ではいつもランチ友だちであるYさんとEさんの車に乗っていて、
追ってから逃げていた。
途中で紙のようなものに移動中のランプが動いて映っているものを見て、
この車に発信器が付けられていることを知る。
どこかで車を止めて追手が去っていくのを待とうかと考えていたら、
車のスピードが急に遅くなり停まった。
停まった少し先には「絶壁の崖」があり、寸での所でセーフだった。
しかし追手に車を見つけられて外からドンドン叩かれ、
中に侵入しようとしてきたので、急いで中からロックしていた。

気付いたら逃げ出せたみたいで、また車で走っていて、
どこかの店か宿泊施設に入ろうと話し合っていた。
Yさんが「店を確かめてくる」と言って一人降りて、
その間グルグルと道を回っていたのだけど追手が来ているみたいで、
運転しているEさんが「カーナビを取り付けて」と私に言った。
慌ててカーナビを探したらネジを差し込む形式で、
たくさんの形のネジが周りに転がっていて
どれを指していいか解らずにモタモタしていた。
「急いで!」と言われてネジを差し込まずにカーナビ本体を挿し込んだら、
なんとか作動していた。

Eさんがカーナビを見ながら窓を見て「Yさんが居た!」と叫んだ。
私は「えっ!どこ?」と見るが通り過ぎてしまったみたいで、
自分は何の役にも立ってないなぁ。。。と落ち込んでいた。
でもEさんは何の文句も言わずに運転してくれていた。
Yさんを探そうと窓の外を見ていたら、見つかった。
でも次の瞬間、Yさんは追手に捉まって連れていかれた・・・。

そこで目が覚めた・・・。

++++++++++++++++++++++++++++++++++++


この夢も「偽物だ」と言われて「人の目」を気にして逃げた。
自分に向けられた反感の目が耐えられなくなって、逃げたんですね。
自分は間違っていないという確信があったのなら、逃げるべきではなかった。
そう思いました。

それで逃亡に現実世界でも友人のYさんとEさんが登場してます。
これはきっと過去世でお世話になっていたのだと思いました。
この時、Yさんは私のせいで連れられて行かれたんですね…。(┰_┰)

そして何の文句も言わずにずっと運転してくれていたEさん。
役立たずの私を「お荷物」だと思わずに接してくれてました。
私は自分が何も役に立ててない事に、物凄く情けなかった。
原因は私なのに、何も出来ないでいたのです。

この時受けた恩義の感謝の気持ちを、
もしかしたら現世で果たしたかったのかな。
それで彼女たちと高校が同じだったのかなと思いました。
彼女たちと友人になったのは偶然ではなく、
過去からの繋がりがあったからなんだなと納得しました。

そんな彼女たちに自分は感謝の気持ちを返せているのか?
思い当たる事がありました。

ランチの店や日程選びを三人でメールで決めているのですが、
Yさんはどこでもいいよ♪というスタンスで、仕事もしているので
もっぱら私とEさんで店を決める事が多かったのですが、
なかなか店を決められずに時間が掛る事が多かったのです。

私も基本的には何処でもいいかなと思うのですが、
Eさんは私に気を使ってか、どこかないか聞いてきます。
それで調べてこの店は行った事がないんだけどどうかな?と聞くと
「そこは行ったけど美味しくなかったよ。」と帰ってきます。
私とEさんとは味の好みが違う事が多かったので、
Eさんに店を決めて貰った方が楽だなーと思ってました。(;´▽`A``
だからEさんに「私は何処でもいいから決めてくれると助かるなー」って
メールしたら「そんな事言わずに…」と帰ってきます。(笑)

Eさんもいろいろと忙しい日々を送っているし、
美味しい店はすべて行ってるので、特別に行きたいなと思える所もなく
それで今は思い浮かばないから、私にも考えてとメールして来きます。
でも私が調べて送ると「そこはちょっと…」となって
なかなかお店が決められない事が多かったのです。
だからランチのお店選びが次第に重荷になって来ていました。

これは私の心を試されていたのかもしれません。
彼女たちに対しての「感謝の気持ち」があるのか?と。。。
気付いてないけど、自分は彼女たちに感謝を返したくて生まれてきたんだよ。
だから一緒の高校に行く事になったんだよ。
三人が友人になったのは「偶然」なんかじゃないんだよ。
今、その恩返しをする時期なんだと。
彼女たちに対して「誠実に付き合う」事が、彼女たちに対する感謝かなと。
そう思えてきました。

夢の中で「私が原因」で巻き込まれているのに、
何も言わずに命がけで手伝ってくれていたじゃない。
自分はその時何の役にも立てずに情けない思いをしていたじゃない。
彼女たちの為に美味しいお店を選ぶくらい、何てことないよ!
ちゃんと心を込めてやりなさい!
過去世の私からこんなことを言われているような気がしました。

そうですね。
心を込めて、彼女たちが喜んでくれるような店を探す事で
私は彼女たちの「役に立てて」いるんですよね。
お荷物状態の過去世の頃から比べたら、進歩しているんですよ。

普通の日常の付き合いを大切にする。
それが「感謝」を返す事であり、
自分の過去の「悔い」を昇華することに繋がっていくのかなと思いました。

やはり「学び」は「日常」にあるんですね。^^



書き残している事があるので、昨日の記事の続きを書きたいと思います。
昨日の夢の中で見た
トンネルから金子さんが出てきた時に着ていた宇宙服の、
「中央のへそから下の部分に左右から白い布が二つ下に垂れていて、
彼はそれを持って考えていたが、胸にあるフックに掛けていた。」


という部分がとても印象に残ってました。
そしてこの胸に掛けた二つの白い布はアイギスではないかと思ったのです。
アイギス
前日にも、このページと写真を見ていました。
ペルセウスがメドゥーサ退治に際して、アテーナーから与えられた盾で
アテーナーが退治後にメドゥーサの首をアイギスに取り付けたとあります。
そのアイギスは「盾」ではなくて、このページの写真のように
「肩当てまたは胸当てとして伝えるものもある。」と書いてあります。
写真にはその形状が載っています。

胸に掛けた二つの白い布は、「肩当て」と「胸当て」だと思えますが、
夢の中では何もない真っ白な白い布でした。
これはアイギスから「メドゥーサの首」が取れた状態だと思います。
多分落ちてた「肩と胸」が昇華した(上へあがって胸のフックに留める)という事を
意味しているのではないでしょうか。

昨日テレビを見ていたら「宗像大社」は「道」の神さまと言ってました。
「道」という字は、「蛇が首を乗せて運んでいる状態」ですよね。
あー、そうか!
この首は、メドゥーサのことだったのかと納得しました。
つまりアイギスなのです。
胸と肩だから「宗像(むなかた)」
そのアイギスから首が抜けた状態を、夢で見ていたと思います。
「宗像三姉妹の昇華(反転して上がる)」を意味しているような気がします。
ということはメドゥーサも昇華したというお知らせですよね。

私がこのペルセウスに拘っていた理由がわかりました。
先日の日の出の時の
「太陽の子パエトンが馬車から落ちるシーン」を見ている時に、
寝違えて首が痛かったのです。
多分、首だからメドゥーサの事もあるのかなと感じてました。
でもその時は、良く意味がわからなかった。

いろいろと似ている神話の部分を見て行ったら、謎が解けました。
なぜペルセウスがメドゥーサの首を持っていたのか。
なぜ、アンドロメダとペルセウスの話に、メドゥーサの首が出てくるのか。

首というキーワードで、似たような神話があります。
オシリスとイシスの伝説より
だがセトはそれを認めず、ホルスと共にカバに変身して川に潜り、先に陸に上がった者が負けという勝負を行った。イシスは銅の釣り針を水中に投じてホルスを援護しようとするも誤って釣り針を息子に引っかけてしまい、息子が苦しんだので針に命じて外させた。次はセトに針を引っかける事に成功するが、セトが「自分とお前は同じ母から生まれただろう」と彼女を言いくるめ、同情したイシスは釣り針を外した。これに怒ったホルスはイシスを追いかけ、その首を刎ね落とした

ホルスがイシスの…。
理由は「セトもイシスと同じ母から生まれたから」という言葉に同情して
敵討ちを止めたから。
ここ重要なメッセージだと思うのです。
イシスは繰り返しの因縁を断ち切ろうとしていたんですよ。
でもホルスは因縁を断ち切る事が出来なかった。
だから両目の太陽と月を奪われた。
白から黒へと反転して落ちてしまったのではないでしょうか。
それで偽の太陽と月になってしまった。
原因は自分の側にあったのだと思えます。

この図は、ホルス → イシス
     ペルセウス → メドゥーサ
と同じです。
つまり、イシスとメドゥーサは同魂(同じ因縁)なのではないでしょうか。

またペルセウスは、太陽の子パエトンという説もあります。
ヘーリオスの子
このペルセースは、太陽神ヘーリオスとペルセーイスの子。
エチオピア人で、トロイア戦争のさいメムノーンとともに
トロイアを救援したという。


同じエチオピア人のアンドロメダとも繋がります。
多分、この人と同一人物ではないでしょうか。
太陽の子供という意味でも、ホルスと似ています。
多分同じように因縁を繰り返したために、
黒に吸収されて白から黒へ反転し、重荷(因縁)を自ら作ったのでしょう。

そしてアンドロメダとメドゥーサの共通点。
母カッシオペイアがその美貌が神に勝ると豪語したことから
怒った神々によって怪物(化け鯨)の生け贄とさせられようとして、
波の打ち寄せる岩に鎖で縛りつけられたアンドロメダ。

「自分の髪はアテーナーの髪より美しい」と自慢したメドゥーサ
ゼウスの娘アテーナーの怒りを買い、美貌は身の毛のよだつような醜さに変えられ、
讃えられるほどの美しい髪ですら、一本一本を蛇に変えられてしまう。


この辺に因縁を解く鍵がありそうですね。
自慢したことで、それが自分に帰ってきている。
アンドロメダは母親が言ったようですが、
「波打ち寄せる岩に鎖で縛りつけられた」と書いてあります。
海は浄化の意味もあるんですよね。
いろいろと考えされられます。

そう言えば「父は太陽神だ」と自慢しようとして、
地に近付き過ぎて落ちてしまったパエトンの話と似ていますね。
パエトンはペルセースと同じで、ペルセウスの子でもあるんですよね。
ということは、アンドロメダはペルセウスの子供でもあるのかな。

これは太陽神の子供たち(子孫)という意味での
メッセージのような気がします。それが夢の中の金子さんの名前。
金の子供が昇るのです。黒から白へ反転という意味ですよね。
「裸状態」だったと気付いた私が異次元に行って
金子さんに変わったような感じがしたのは、
裸だと気付いた(因縁を解いた)アンドロメダが
異次元へ行く(昇華する)と、太陽の子孫としての金子さんになった。
自分の過ちを整理して気付くことで因縁は解かれ、
反転して本物の太陽の子供たちに変わるという意味なのではないでしょうか。
だから胸当てが気になったし、その布は白い布だった。

そういう意味があったのかなと感じました。



強いメッセージ的な夢を見ました。

++++++++++++++++++++++++++++++++++++
2012. 3.2.(金)  旧暦  2/10  月齢 9.2

旅館に居た。
荷物だけ別の部屋の押し入れに置いて(残して)、私は別の部屋にいたみたい。
その押入れのある部屋に来て、荷物を残していた事に気付く。
来る時にたくさんの荷物があったので、必要だった時に
ここに取りに来るようにしていたみたいだけど、
すっかりその事を忘れていて、ペットボトル入りのお茶の飲みかけとか、
いらないモノがたくさんあった。
あー、お茶は捨てなきゃなぁ…とか思いながら荷物を整理していたら、
自分が裸であることに気付いた。
「あらら、こんな姿を人に見られたら恥ずかしいわね」と思い直して、
Tシャツと短パンを着た。

そうこうしているうちに、この部屋の宿泊者がやってきた。男性だった。
私は「すみません、すぐに終わりますから・・・」と
黙って押入れに入っていた事を詫びたが、
男性は「あー、別に気にしないからいいですよー」と言ってまた出て行った。
この部屋をよく見たら三畳の和室に布団が敷いてあり、
他にスペースの余裕がなくて、とても狭いように感じた。

私は押入れを一通り整理して、
それから「ここに来た目的」を始めなければと思っていた。
これから二本立ての映画が始まるようで、「二つの画面」が見えていた。
ひとつは「異次元に行く」シーン。
そしてもう一つは「異次元から戻ってくる」シーン。
この押入れの奥から異次元に進めるみたいで、
私は今からそれをやろうとしていた。

押入れの奥は真っ暗で何も見えないトンネルみたいな感覚があり、
そこから身を出して先へ進むのだけど、その進み方が変わっていた。
暗闇はスカスカではなくて、上と下にそれぞれ紙を半月状態で形作って、
その真ん中の隙間を移動するような感じ。
上下にある柔らかいローラーの隙間を移動するような感じ?
二列に人が並んで上で両手を組み、その手の上を人が移動する
(手のウェーブで動かされる)ような感じ?
そんな状態で真っ暗なトンネル空間を移動していた。
そしてトンネルからポコンと明るい部屋に出た。

そこは宇宙船のような感じで、キムタクCMのゴオクレンジャーみたいな
宇宙服を着た男女が三人居た。
私はそれを見ている感じで、黒木メ〇サさん、金〇 昇さん、
そしてもう一人顔は解らない男性の三人が居た。
というか私は金子さんのようでもあり、
彼がトンネルから出てきたような感じだった。

宇宙服はそれぞれ色が別だったけど、
金子さんの色は「青」だったような気がする。。。
トンネルから彼が出てきた時に、宇宙服を着た状態である事に驚いていて、
よく見ると中央のへそから下の部分に左右から白い布が二つ下に垂れていて、
彼はそれを持って考えていたが、胸にあるフックに掛けていた。
私はそれを見ていて、
「あの白い布は何?、胸にかけるのかー!」と感心して見ていた。
その方法を彼は知っていたみたいで驚いていた。
多分、ここの印象が強く残っていたのは「何かのメッセージ」だと思う。

次の場面は、ゲームをしていたような感覚で見ていたのだけど、
黒木さんが何かを食べたのか「その味」を思い出していて、
それを見ていた金子さんが食べてもいないのに同じ『味』を思い出していて
彼の頭の中に有る情報と一致したみただった。
その形が浮かんでいて「ビンゴ♪」だったので、彼は喜んでいた。
その後に、後ろにいた男性が同じように形が浮かんでビンゴ♪したみたい。
これを見ていて、ここでは情報、イメージは「共有」出来るんだなと思った。

場面が変わって、異次元から元の次元に戻るシーンに変わった。
川みたいな、小さな溝に水が流れていてそこを流れ下って
元の次元に戻るような感じだった。
リュージュのような「氷を滑る」感覚で、氷を水に例えた感じ。

++++++++++++++++++++++++++++++++++++


夢というのは、とても象徴的に見せていると思います。
一場面の情報に、たくさんの意味が込められているような、
それを私が知っている情報に置き換えて見ているのかなと感じます。

上記の夢の中にも、私に対する「ヒント」がたくさん込められてました。
そして夢の中でも感じているように「情報、イメージは共用できる」もの。
それがこのブログに書く事でもあるような気がするのです。
ゲームの部分は、そういう事も言っているのかなと感じました。

押し入れは「異次元の扉」でもあるようです。
前に見た夢でも「押入れ」から異次元に入り込んだ奥さんが
トカゲとなって出てきましたから。
「押入れ」は頭の中の記憶でもあるのかな。
過去世からのたくさんの記憶。
いらない荷物もたくさんあって、それを整理していたのかもしれません。

普段も、不要なモノは取りあえず押入れに入れて、目の前から隠しますよね。
そのうち、それが有ったことさえも忘れている。
でも決して無くならないんですよね。隠れているだけ。
それと同じように不要な記憶(解くべき因縁)は、ちゃんと見て
反省して整理して消化しなさいという意味かな。
それをやったら「自分が恥ずかしい裸の王様だった」事に気付けるのかな?

この「裸状態」は、もうひとつの「ヒント」だったように思います。
前日にアンドロメダの話が気になって読んでいたから。。。
アンドロメダも生〇にされて鎖に繋がれていた時は「裸」だったんですよ。
鎖に繋がれていたというのも、もしかしたら「自分が作った間違い」で
自分がかけた「鎖」だったのかもしれないなと思いました。
「人のせいにしていた」ことが呼び込んだ因果応報だったのかも。。。

私も夢で「裸だったことに気付いて、_| ̄|○ガクッ」 状態が結構あります。
あー、これ、気付きなさいよ!っていう意味だったのかなぁ。(;^_^A アセアセ・・・

この部屋の宿泊者が途中で入ってきましたが、
もしかしたらこの男性は「私の過去世」だったのかもしれませんね。
「押入れ=記憶」だったら、同じ部屋の記憶を共用しているという事だから。
だから現世の私が記憶を整理(因縁解き)すると、
過去世の因縁も解けるという意味なのではないかと感じました。
だから「気にしてないから」と言って、出て行ったのかな。(笑)

異次元への移動は、「子宮から生まれる」イメージでもあるのかな?
多分人間の身体の中が、裏の宇宙に繋がっているんですよ。

異次元の世界である「宇宙船」、面白かったです。(笑)
私はいつのまにか「見ている立場」でポコンと出てきたのは金子さんでした。
ここも私に対してのヒントを頂いたように感じます。
宇宙衣装の白い垂れた布も同じ「ヒント」に思えましたから。
これは後でまとめる事が出来れば、更新したいなと思います。

ゲーム場面では、「意識の共有」という意味だと思いますが
興味深いのは「味覚」も共有できるんですね。
五感も共有ができるという意味だと思います。
宇宙人って味覚はあるのかな?と思うんですよ。
五感は肉体を持つ人間独自のモノなのではないかなと。
だからこそ、人間は執着も起きる訳なんですが…。

その五感を新しく「宇宙人」も共有できるという未来があるのかな。
それが人間の進化の未来と繋がるのかなと思いました。
意外と宇宙人も、+(0゚・∀・) + ワクテカ +して
人間が進化するのを、待っているのかもしれませんね。(笑)

夢の最後場面の、異次元から元の次元に戻るシーンですが、
川みたいな、小さな溝に水が流れていてそこを流れ下って
元の次元に戻るような感じだったのです。
「川に流されて下る」→「落ちる」という意味ですね。
だから次元が落ちて「下がる」んですね。

人間が次元を上げる方法は、やはり「自分の記憶の整理」ですかね。
つまり、放置しているいろんな荷物(過去に作った因縁の記憶たち)を
しっかりと目の前に引っ張り出してきて、ちゃんと見て、
「自分の間違い」に気付いて、重荷の鎖を解く。
それが「アンドロメダの神話のメッセージ」のような気がします。

しっかり昇華させて因縁を解く事。
自分が作ったんだから、自分でしか解けない仕組みなんですよ!



miraes

Author:miraes
夢を中心に書いてますが、日常と照らし合わせて自分を見つめようと模索しているブログです。
 

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。