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ずっと気になっている事がありました。
これは多分私の闇の部分だろうなと思っていたけど、それをちゃんと見つめる事が出来なかった。
はっきりと解らないし、解る時までいいかなと放置していたと思います。

でも昨日、福島県沖でマグニチュード 5.1の地震がありました。
震度5弱 福島県浜通り  川内村  川内村上川内早渡 
福島県浜通りは、昔泳ぎに行ったことがあります。
夢 嵌められた将軍の記事でも書いてます。
やはりちゃんと自分のやったことに対しての因縁を、きちんと見なさいと言う事かなと感じたので、
今日はそのことについて書こうと思います。

ここから書く内容は、愛の賛歌の続きの部分となりますので、まずは先にこちらを読んでください。
愛の賛歌
[これは実は私も無意識下で関わっていたように思えます…。
だから「何かの言葉に私が反応して、「そうなんだよね!」と部屋の中へ入っていった。」
多分、正しいと思ってやっていたことが実は違っていた「復讐する方向」と同一方向で、
そちらにエネルギーを繋げていたということではないかなと考えてます。]


この部分で思い当たる事があったのです。
以前は地震とか予知夢を見た時に「掲示板に書いて拡散すること」が有効だと思ってました。
「知らない」から「意識していないから」「想定外」だからパニックになる。
知る事で、認識することで、無意識下で先回りして危険ではない道を探っているので
地震が起こりそうな時期を認識するのは良い事だと信じてました。
なので不安にならないような、事実をただ認識するくらいの意識下で知って、
大難を小難になるようにした方が良いと考え、ブログにもそう書いてきました。

そして311本震の前の3/9に起きた地震が、余震ではなく本震だと思いこんで、
「大難を小難に変える事ができた地震」だったと思ったのです。
本来なら大都会に起こるかもしれなかった地震をずらして、三陸沖で発生したのかもと。

それで安心して掲示板で見かけた次のような書き込みをブログにコピーしてました。
誰かが3/8に夢の中で見た話なんですが、

キリストのような風貌のおっさんから
巨大地震が起きるから、
皆に周知して、より多くの命を救うのだ。
と告げられた。


実際、この時間には何も起きなかったので
掲示板で広めて皆が認識できたら、大難が小難になったと思ってました。
それでこのカキコをブログにコピーして拡散した。

そしたら、3/11にあの本震が起きたのです…。
もうびっくりして、何で?と怖ろしくなりました。
もしかしたら、逆に拡散することで不安なエネルギーが巨大化したのかなと…。
そんな一抹の不安が心の奥底に残ってました。
そして「この拡散」が良いのか悪いのか、しばらくは解らずに過ごしてました。

でも今は、あのキリストは成り替わったミロク側だったんだなと理解できます。
恐怖を煽って、そのエネルギーを吸い取る仕組み。
拡散も「情報」なんですよね。

やはり私のした事は不味かったなと反省しました。
でもそれが、どういう風に影響しているのかまでは解りませんでした。

夢 嵌められた将軍より
黄色いご飯は「黄色い米」で「黄泉の色に染まった米」つまり「復讐」ですかね。
金目鯛も金色の目で鯛。黄泉で操る三神世界を表しているように思えます。
つまり私は「やられた復讐」をしようと、そのカードを注文した(選んだ)。


愛の賛歌より
「何かの言葉に私が反応して、「そうなんだよね!」と部屋の中へ入っていった。」

この二つの夢から判断しても、あの時私がやっていたことは、
無意識下で「復讐の黄泉側」と繋がっていたんだなと感じました。
そして、大変な事をしたと反省しました。
そんなつもりはなくても「エネルギー」を与えていたその責任は私にもあります。
これは大きな因縁を作ったのかもしれません。

どうしたらこの失敗の経験を穴埋めできるのだろう。。。
そう考えた時に、やはり自分が同じ間違いを繰り返さない事なのかなと思いました。

罪償いの為のボランティア活動とか復興支援の手伝いをという「手助け」ではなく、
被災地や被災者の方々が自立できる方向への手伝いが出来ないか考えました。
それには自分がまず自立して情報に「依存」しなくなることなんですよね。
同じ失敗を繰り返さないこと。
それが第二の間違いを防ぐことになると考えました。

だから今内観をして自分の中のいろんな闇と戦ってます。(;^_^A アセアセ・・・
自分が自立に向かって経験していく姿をここに書いていく事が
せめてもの罪滅ぼしになるのかなと思いました。
まずは自分がしっかりしないと何もできないんですよね。

今の段階で解った事は、自分のやったことが意識していなくても大災害に繋がっていくということ。
それは自分の「情報依存」によって起こったという事。
他にも「光依存」で精神世界に惹かれていた事。
そういった「依存」が原因で、それが重なって引き合う方向へと自ら進んで行ったと反省してます。
全ては自分の「欲心」が原因ですね。
今ならそんなことはないなと解りますが、当時は自分では「清い」と思ってましたから。
自分の姿は自分ではなかなか見えないものです。(;^_^A アセアセ・・・







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今日は旧暦では正月ですね。
そんな区切りの日に、またもや私の悪い部分の気付きがありました。

昨日「責任転嫁」の事をいろいろと考えていて、
やっぱり他人に責任を押し付けるのは良くないよなぁと思ったんですね。
でも「じゃぁ、あんたはどうなの?自分にはなかったの?」ともう一人の私が。(;´▽`A``
そこで浮かんだのが「かつて私が良かれと思って送った本」の事でした。

以前、感謝することに気付く切っ掛けになってほしいと思って、私は親類や友人に本を送りました。
でも今は余計な事をしていたなと反省しています。
私が送った本は「感謝に気付く切っ掛けにはなるが、
外側へと意識が向かうように書かれている」と気付いたからです。
もしかして間違った縁を繋ぐことにならないかなと、そちらの方が心配になりました。
自分が起こした因が間違っていたと気付いた時、そのままにしてていいのか?
それこそ責任転嫁と同じじゃないか?
自分が作った因は自分が刈り取らなくちゃ!
そうだよ、今日は旧暦の大晦日なんだし。
この日に気付いたのだから
今日中に手紙を書いて送った人たちに謝罪と処分をお願いしようと思いました。

それから夕食も取らずに、手紙を書きました。
今日は資源ゴミと燃えるゴミの日でもあるし、私もいらない本とか処分しなきゃな。
手紙を出すときに一緒に持って行こう。
そう考えて本を送った4人に手紙を書き、最期の4人目の途中で手が止まりました。
4人目の差出人は私の叔母でした。
ちょうど叔父が今週入院・手術をするので、いろいろと立て込んでます。
そんな時こんな手紙貰っても迷惑かな?
お見舞金も送らなきゃいけないけど、父にはまだ電話してないし、後からの方がいいかな?
そう考えて取りあえず3人に手紙を書き、その日のうちに投函しました。

そして自分では大晦日にやり終える事ができたのでスッキリして、今日を迎えました。
それで「お見舞金」を一緒に送ろうと、お昼に父へ電話したのです。
でも話し中で繋がりません。
一時間経っても、二時間たっても、ずっと話し中です。
もしかして、実家の受話器が外れたままなのかな?
まさか、父が倒れたのかな?
でも電話中に倒れたら相手も気付くだろうから、やっぱり受話器が外れたままなんだよ!
父の携帯に電話してみるかな?でも父は携帯の充電してないしなぁ。。。
私の携帯から父の携帯へ電話してみると、やはり「電源が入ってない…」というメッセージです。

やっぱり実家に行かなくちゃダメだな!
そう思って急いで実家へ行き電話を見たら、受話器は外れていなくて綺麗に収まってます。
「あれ?なんで?」 (・・?;) え?
試しに私の携帯から掛けて見るとちゃんと繋がります。
父に電話を触ってないか尋ねたら、今日は何も触っていないと。
そのあと父に電話がかかって来て、普通に話してます。

どういうことなんだろ?
これは見せられているんだよなぁ。。。
どういう意味なのかなぁ?
帰りのバスの中でずっと考えていたら、気付きました。

私の携帯から父の携帯へ電話したけど、携帯から実家の電話番号へは電話していないのです。
試しに携帯から電話していれば、もしかしたら通じたのかもしれません。
ここで気付かされました。
私は一方的に父の電話の受話器が外れていると思い込んでいた。
自分の方の電話が変だとは思いもしていなかった。
悪いのは外にあって自分にはないと思っている「本心」が出たのだと思います。
ブログには「見つめるのは外ではなくて自分」と書いているのに、行動は逆のことをしています。
「偉そうに書いているけど、自分はどうなの?」と言われているような。。。

それで昨日の手紙の事も思い出されたのです。
この本が良くないように書いたけど、本当に悪いのは本を送った自分の方。
責任は自分の方にあるのに、まるで本の方にあるように書いている。
違うんだよ、悪いのはあんたなんだよ!
それこそ「責任転嫁」なんだよ!
そう怒られているみたいでした。_| ̄|○ガクッ

悪いものは「外」にあるんじゃないんだな。
自分の方にあるんだな。
良かれと思って何かを送る行為、そのものが問題だと気付きました。

それこそ大きな勘違いなんだと思います。
相手に送るのは「自分の気持ち」が良くなりたいだけ。
「良い事をした」という自己満足に浸りたいだけ。
自分も気付いたから相手も気付いてくれたらとか、そんなこと本当はおせっかいなんですよね。
自分が相手に気付いてもらいたいではなく、相手が自分から気付かないと意味がない。
答えを貰うのではなく、自分で捜して見付けないと「その過程」は経験できないから。
自分の足で立って歩くためには、自分からの気付きでないと進めないと思いました。

それを私は頭で解っていて、心で理解してない。
外を見ているばかりで、自分の事はまったく見ていない。
人の事ばかり言っているけど、自分にも同じようにあるんです。
だから「そのこと」に気付きなさいと、見せられたのだろうなと思います。

本当は回線が変だと、最初の携帯電話で掛けている時に気付けたら良かったのに
自分にはまったく落ち度がないと思い込んでいるから、
その間違いを「実家へ行ってと遠回り」で経験させられるんですよね。

はぁ。。。_| ̄|○ガクッっ

そう言えば「責任転嫁」って「嫁」と書くんですね。
「責任を嫁に押し付ける?」
何か裏で意味がありそうな。。。(笑)










昨日は旧暦で12/25のクリスマスだったんですね…。
1/18赤口(戊寅) 旧暦12/25 冬土用入 月齢 24.4 

昨日の記事で書いたプレゼントは「黄泉の世のクリスマスプレゼント」だったのか。
お金(マネー)は黄金で黄泉に通じるし、美〇さんの髪(神)の毛(気)の黄色も黄泉に通じる。
その黄泉からのプレゼントが、クリスマスプレゼントとしてこの世に広まったのではないのかな。

誰だってお金が増えるのは嫌じゃないだろうし、だからこそ「その欲心」に引き込まれるんだね。
もっと、もっとって「依存」に向かうのかな。
でも、そこに向かっているのは自分なんだよねぇ。。。(;^_^A アセアセ・・・
「どこで目が覚めるか」なんだなと思いました。

私の場合は夢と同じように本当に危険な場所を通って彷徨って、
知識を得ていたんだなと実感します。
危険というのは「自ら後戻り出来ない迷路」に入り込む危険です。
「生命の樹」の解釈で、自分は正しい方に向かって登っていると思っているけど、
実は逆でどんどん逆の方向に落ちているというのがありました。
これこそ鏡(に写った逆)の世界そのものを表していると思います。
そして私もその道を「自らの意志」で選んでいました。
「知識」を得たい為に。

「知識」の引き出しをたくさん持っていると、いろんなことに「対処」出来ると思ってました。
でもそれはミロク(36)の手のひらの上で動かされているに過ぎないのだと解ったのです。
その「知識」を手放さない限り、この36の手のひらの世界から抜け出れない。
だから「『知識』に拘るな、『知識』を捨てる勇気を持て」と何度も教えて頂きました。
この助言で、最終的に離脱に向かう(そこから離れようとする)切っ掛けを頂いたと思います。

この「知識の世界」はとても危険なので、ミイラ取りがミイラになってしまいます。
入ったらなかなか抜け出せない世界だと思います。
だんだん知識への依存が酷くなって、自分の頭で考える事が出来なくなる。
それさえも解らずに、それが当たり前だと思ってしまう。
だから自分で目覚める切っ掛けが、段々難しくなってくる。
這い上がれずに、どんどん落ちていく…。
まさに蟻地獄ですね…。
這い上がるのではく、飛べはいいのかな。。。
因縁の心の縛りを解いて自由になる。それが飛び立つということ?

過去にも、縁ある星の魂の仲間を助けようとして中に入ったけど、
自分も抜け出せなくなったという話を聞いたことがあります。
ミイラ取りがミイラに…。

あっ!もしかしたら以前夢で見た電車の乗り間違えで学長が言った
あなたは前にも葬祭時にサボっていたけど、今度もそんなことはないよね?」って、
このミイラ取りがミイラ状態のことだったのかな!?
それで黄泉の世界の「葬祭時」と言っていたんだ…。
黄泉の世界は「不思議の精神世界」でもあるのだと思います。
今解りました。
そういう前例があったからこそ、学長は私を信用してなかったんだね。(;^_^A アセアセ・・・
この「知識へのこだわり」こそが、私の大きな因縁だったと思います。
過去世でも不思議の世界へ魅せられて、そのまま目覚めずに眠っていたんですね、きっと。
~(>_<。)~ アチャ~
そう言えば、前に前世がアステカの猫神と関わりがあるような夢を見てましたね。
アステカは人身御供の儀式がありましたね。
そうでしたか、もしかしたらこの事だったのかなぁ?
まぁ、過去の事は大いに反省し、「今」が大事なので離脱に向けて頑張りたいと思います。
ちなみに、この夢に出てきた福島の友人は、先日記事にした相鉄線の鶴ヶ峰に住んでいた人です。
やはり彼女とはご縁があったんですねぇ。。。

話を戻します。
なんとこの電車の乗り間違えの夢もクリスマスの日に見ていますよ!!!(←ここ重要ですね)
先日のトンネルの夢と繋がっていたんですねぇ。。。

繋がっているみたいなので再読しました。
電車の乗り間違えの夢

「鏡の前で、自分の顔にクリームを塗っていたけど塗り過ぎで?結局洗い流していた。」
これは上記の「生命の樹の鏡の世界」と同じだと気付きました。
クリームは「知識」。
知識を沢山求めて「塗り過ぎ」てしまい、それに気付いて結局捨てなきゃと「洗い流していた」。
それでサボってないで自分の授業に出なさい(普通の日常で因縁解きをしなさい)と言われた。

今、右耳の奥で「音叉」が鳴っているような、高い音(耳障りではない)が聞こえました。
これ、時々感じるのですが「サイン」ですかね。
今見たものとか、書いたものとかに対してのサインではないかなと思ってます。
m9(`・ω・´)それだ!!って言っているような気が。。。(;´▽`A``

音と言えば、眠りにつく時とかも、急に音が大きく聞こえる事がありませんか?
軋みとかが「ぐぁん!」と急に大きく聞こえたりするんです。一瞬ですが…。
あれ、何かなぁと思っているのですが、宇宙の衝撃波か何かが届いているのかなぁ?
流れ星の落ちる衝撃音とかが音波で共鳴していたりして。
これは私の完全なる妄想ですので信じないでください。(笑)

話が逸れましたので戻します。
自分の欲心でいろいろと道を求めて、結局本質から逸れてしまってましたが、
最期は自分の心の中の「高い壁」を乗り越えて「理解する」しかないのかもしれません。
それは精神世界の回りを囲っている見えない「高い壁」を意味していたり、
鏡の中の生命の樹の小道を彷徨っている「高い壁」だったりなのかな…。
そこを「乗り越え」て仕組みの呪縛の外に出る。

大事なのは「外にある知識」ではない。
これは結局「依存」へと向かうモノだから。
そこはどうでも良いみたい。なくても別に困らない。
むしろない方が、変な洗脳の縛りがないのかもしれません。
だから知的障害とされている人たちは、純粋で呪縛の外にいるのかもしれないですね。

自分が日常で経験してこそ感じる「心の気付き」の中に、そこに大切な「鍵」がある。
日常のさまざまな経験によって理解出来る「学び」、それを感じる事が出来たら
私のこの彷徨い求めた今までの間違った道も、初めて生かされるのではないかなと思えます。
失敗も「経験」なのですから。

そんな風に感じている、今日この頃です。^^


昨日書いた記事モンゴルと地下トンネルの夢の内容と似ている状況が現実でシンクロしました。
現実でも貰ったていたんですよ、プレゼントを。
今日その意味が解りました。

15日の日曜日に父から電話があって、
満期になった国債を自分はもう必要ないので私に譲るとのことでした。
せっかくの父の好意なので断るのは悪いし、
私の貯金もそろそろ底をつきそうなので、ここは有り難く受け取ろうと思いました。
春から父と同居する予定なので、その生活費として使わせていただこうと思ったのです。

それで一緒に銀行に行って手続きをし、父の貸金庫に保管する予定だったのですが
私の引き落とし用の預金口座も残金が少なくなっていたので、
封を取って50入金しようと数えたら、49枚しかありません。
あれ?数え間違いかな?と残りの方を数えたらそちらも49枚でした。
「あれれ?2枚少ないみたいだけど???」と思ったのですが、
父が車で待っているのであまり長く待たせては悪いと思い、
49枚でも良いかなと最初の方を持って入金に行きました。
「49」という数字がどうも気になります。
何かメッセージかなと思ったのですが、取りあえずそのまま入金して帰りました。

それで昨日書いた記事を読み直していたら、どうもプレゼントが気になり出しました。
このお金ってもしかしたら、夢のオカマさんから貰ったプレゼントと同じ意味があるのかな?
「49」は49日法要の数字だし、4×9=36(ミロク)なんだよね…。
やっぱり黄泉がくれるプレゼントなのかなぁ…。
そういうメッセージのお知らせで、どちらも数えたら「49」になったのかな?

黄泉がくれるプレゼントとは「依存」という意味だと思います。
父のお金に依存している?
そうだね、まだ現在は父と一緒に暮らしてないし、
入金したのは私の口座だから「私が貰った」事になるんだよね。
これはやはり依存なんだよ。
このお金は貰っちゃいけないんだ。
「依存の黄泉次元」とまた縁を繋ぐことになるんだよ、きっと。
夢の中で「貰ったプレゼントを取に行こうと考えていた私」と同じだよ。
これは手放さなきゃ!
そう思うようになりました。
父から預かったお金は「父の事」に使うように取って置こうと決めました。

そう思ったので、今日また銀行に行って自分のお金から49枚補充して父のお金と一緒にしました。
もう一度残りを数えたら、今度はちゃんとありました。
古いお札だったので数えにくかったんですね。
やはり「49」をお知らせしたい為に、昨日はその数字になったのかなと思います。
封をしなおして、そのまま保管してきました。

やはり人のモノを当てにしてはいけないんですね。
気持ちの上で一人立ちしてない事になりますから…。
とてもスッキリしました。
もしかしてこれはお試しだったんですかね?
父からの電話の翌朝にこの夢をみましたから。(;^_^A アセアセ・・・

夢の内容から、精神世界に入る切っ掛けになった「オーラの〇」の番組を録画していたDVDも
全部捨てる事にしました。
取ってても結局見てないし、置いてるだけでもエネルギーが発生しそうで処分しちゃいました。(笑)
今まで買ったいろんな本も処分してます。
これはどうなんだろ?と思っているサイトも、自分で判断が出来るようになった気がします。

神棚も止めました。
そこ「箱」にいるのではなく、どこにでもいてくださる。
そう思えるようになったからです。
あえてそこ(場所や物質)に拘る必要はないんだなと思えるようになりました。
だから線香先祖供養も止めました。
形はもう必要ないのかなと思えてきました。
気持ちでいつも感謝しています。^^

少しずつ部屋がすっきりしてきています。
まだ理想には程遠いけど。(;´▽`A``







昨日夢を見ていたのですがバタバタしていてメモできませんでした。
今もちょっと気になるので、覚えている部分だけを書き起こします。
ちょっと曖昧な部分もあるのですが、モンゴルと地下がずっと気になっていたので…。

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2012.1.16.(月)  旧暦 12/23  月齢 22.4  下弦

前の会社の先輩西岡さんと会っていて、赤坂?のどこかの店?に行くのだけど、
そこはとても危険な場所みたいだった。
裸体に近い女性とかが居て、他の人は近寄らない場所みたいだったが
私は親切にしてもらった?のでお礼を言っていたみたい。
そこの女性たちは驚いていたような感覚がある。

その場所を通って更に進むと一軒のバーみたいな店があり、オカマの女性の店みたいだった。
そこでいろんなものをプレゼントして貰っていたような感じがする。
その店を出て帰るのだけど、貰った荷物が多くて悩んでいた。
『置いていけば』みたいなことを西岡さんに言われたので後でまたここに戻るのかなと思ったら
今度は来た時と違う道を通って自宅か会社に戻った感じ。

翌日、預けた荷物が気になったので、夜は怖くて危ないので昼に昨日の怪しげな所を通って
オカマさんのバーに行かなくてはと思っていたが、結局行かなかった感じがする。

場面が変わって私は道を彷徨っていた。
山の高い所に来ていたみたいで遺跡のような場所に出た。
そこはモンゴルの遺跡のような、この辺一帯をモンゴル村みたいなテーマパークにしている感じで、
至る所に遺跡と地下への穴を掘ったトンネルがあった。
トンネルから出ると遺跡にたどり着くみたいな感じでトンネルを彷徨っていたが、
だんだんと外れの方に向かっていた。

自分の居る場所がどこなのか解らなくて確認しようと地図を見た。
地図には島原半島らしき形が映し出されていた。
長崎の近くにいて、この辺を彷徨っているのか・・・、そんな感じで見ていた。

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見た時は意味が良く解らなくて、前にもモンゴル村とトンネルの夢を見た事を思い出しました。
それでモンゴルと地下が気になったのです。
長崎県にあるモンゴル村は鷹島にあります。
モンゴルと地下に通じる鷹の戦争屋とは、繋がっているのかなと感じました。

それで以前見たモンゴルとトンネルの夢日記を見直したら、
どうもこれは私の事を言っているように思えてきました。
私が彷徨っている姿は、私の事を象徴して夢で見せてくれているんですよね。(;^_^A アセアセ・・・
そういう目線で見たら、上の夢も理解出来ました。

私が西岡さんと一緒に行っている道は「危険な場所」を通ってます。
そこを通り過ぎた所にある「オカマの経営するバー」で沢山のプレゼントを貰っている。
これは私がこれまで「求めて歩いて来た道」を表していると思います。
危険な場所でプレゼントをタダでくれるなんて、実は怖い話なんですよね。
何かを知らないうちに交換条件として取られていたような話だと思います。
神社にお参りして願掛けたりとか、占いで見てもらったりとか、
宝くじが当たるように環境を風水で変えたりとか、
精神世界に興味を持って、いろんなとこを彷徨っていた姿を象徴していたのかなと思えます。

オカマの女性の店と島原、長崎というキーワードから浮かんだのが美〇さん。(笑)
実家は長崎市内の「丸山遊郭」と呼ばれた遊郭街で『世界』という名前のカフェを経営していた。
夢の部分と重なります。

『オーラの泉』が精神世界へ興味を持った切っ掛けでしたし、何となく気になる人だったんですよ。
でも、前世の天草史郎の生まれ変わり、守護神のマリア観音、観世音菩薩という事から
なんとなく戦争屋と繋がっていた世界だったんだなと今なら解ります。
だから黄色の髪型だったんだ。黄金は黄色で黄泉の色ですからね。

で、夢でいろんなプレゼントを貰っていた訳なんですね。
これは「知識」だったり、お金だったり、運だったり、そんな意味ではないでしょうかね。
無限の宝ではなく、有限の交換条件の宝という意味合いだと思います。
この世界から離れられないような縛りの効果があったのかもしれません。
そのプレゼントを西岡さんは「置いていったら」=「手放しなさい」とアドバイスした。
でも私はまだそれを取に行こうと拘っていた訳ですね。(;^_^A アセアセ・・・
結局、取りに行かなくて良かったです。(笑)

ここの意味、凄いですよね。
取りに行く、行かないは「自分の意志」なんですよ。
結局、そこに集まるのか離れるのかも自分の意志という事。
決して「騙されてそこに居る」訳ではないんですね。
自分の責任で因果が戻るという事なのかなと思いました。

それで場面が変わってモンゴルとトンネルの話に繋がります。
以前見た夢がこちら
この夢も私の「違った方向に彷徨っている姿」を忠告していた夢だと、今日気付きました。
リンクしていると思うので、続きはこちらの記事に書きます。
夢 モンゴル村と靴がない


午前中に携帯を見ようと手に持ったら、画面が自動的にテレビ画面へと変わりました。
多分テレビボタンを無意識で触ったのでしょうね。
でも、これはメッセージだなと思って映った画面を良く見たら、カズのニュースでした。
「カズがフットサルに転向」みたいなニュースです。

カズ→三浦(三つの裏で三神の裏?)  フットサル → 足が去る?
もしかして、三神の世の神々が去っていくと言うお知らせ?

そう思ってパソコンでニュースを確認したら、いろんな事が浮かんできました。
カズって呼んで」がF初合流のお言葉 2012年1月15日(日)08:00

横浜FCでも、ピッチ上では「さん付け」はしない。さんを付ける時間がもったいないからだ。
サッカー以上に展開が速いフットサルの公式戦で「さん付け」で呼んではプレーが遅れてしまう。
北海道の選手にとって、カズは雲の上の存在。
一挙手一投足に注目し、なにかを盗もうとする真剣な雰囲気を察知して、
勝利のために「さん抜き」を要求した。


「さん抜き」を要求ですか!
「さん抜き → 三(三神の神々)抜き
やっぱり、去って行かれるんですね。(⌒m⌒)
そのお知らせみたいに感じました。

また、別の意味でも興味深いです。
フットサルを日本中に広めたい。
フットサルの知名度は一気に高まる。

「さん付け」はしない。
「さん付け」で呼んでは遅れてしまう。
カズ(三神)は雲の上の存在
盗もうとする雰囲気を察知して、「さん抜き」を要求した。


これは今までの古い仕組みの中の神々に対する「さんづけ」は必要がないという意味にとれますね。
雲の上の存在に対して「さん」を付けるのは、気持ちはわかりますが
「支配階級」を自ら自分の中で作っていることになると思います。
やっぱりそれは違うのかなと思うようになりました。

今までの上に対しての「尊敬・敬語」というのも、意味が違っていたのかなと思います。
「上だから尊敬する、下だから尊敬しない」という事ではないはずですよね。
そう言う事を理解しだしたら、自分の中の因縁解消が早く進んでいく。
でも、「さん付け」にずっと拘っていたら、自分の中の因縁解消は遅れてしまう。
だから「さん付け」はしない。「さん付け」で呼んでは遅れてしまう。
そんなメッセージにも感じました。

この「携帯が勝手にテレビ現象」は、以前にも起きてました。
去年だったか、正月(多分元旦だったと思う)の朝に携帯がテレビ画面に突然切り替わり、
春日の杜の神が山に帰る「遷幸の儀」の様子が映し出されました。

それで当時は、氏神の八幡神が神社から山(最初に現れた赤碕岳)に帰られる(遷幸の儀)
その最期のお知らせだったのかなと思ってました。
(新しい今までの神々と、封印されてた名もない古い神々が入れ替わるという話を聞いていたので)

その「遷幸の儀」と今回のカズのニュースも、やはり繋がっていると感じます。
今まで三神の世に存在していた名前のある神々が去られるという「遷幸の儀」のお知らせですね。
また、そこに拘っていつまでもその中にいると、古い仕組みの中に取り残されてしまう。
そういうメッセージでもあると思います。

そう思うのにも理由があります。
先日、私にアドバイスして下さった方の言葉を思い出したからです。

『名前のある神は「ブランド」に過ぎない。』

この言葉が、大きな意味をもっている事に気付きました。
このニュースとセットになっていたのかなと思えます。
タイミング的にもピッタリでしたから。

確かにそうだなと改めて思いました。
上下の支配階級でそれぞれについている名前の神々。
それを覚えて語ったところで、自分の内観には全然関係がない事なんですよね。
なのに私はそれに拘り、その枠内で当てはめて物事を考え理解しようとしてました。
まさに名前のある神々の枠内から抜け切れない状態だったと思います。
それが古い仕組みの中に居るという事なのかな…。

でもその仕組みも、もう終わるのです。
早く、その仕組みの輪から出なさい。
名前のある神々は去ってしまうよ。
そういうメッセージですかね?
その後にあるのは…、なんでしょうね?

古い仕組みは解体されてなくなってしまうのですよね。
もう神のせいには出来ないよ?いないんだから!
あとは反転でそれぞれの因縁が自分に返ってくるということなんでしょうね。
だから、因縁を消化する必要があるということなんだと思います。
やはり今朝のいきなりテレビ画面は、私に対してのメッセージだったんですね。
早く抜け出ろと! ~(>_<。)~ アチャ~

今までの「ブランド」のイメージは、「特別」とか「本物」とか、そんな感じだったと思います。
ブランド品は一流で品質が良くてオリジナルで高級。
名もない無印良品は、それなりに品質も良いけど、ブランド品には敵わない。
それが今までの「常識」だったと思います。

でも本当にそうでしょうか?
単に自分の中で「上下の階級」を付けていたに過ぎないのではないでしょうか。
無印良品がブランドに劣ると思う考えは、人それぞれの価値観によるものですよね。
お金の価値を基準にして考えたら「ブランド」が上に来るだけの話。
「ルイ・ビトン」は丈夫だけど重いし、私は持ってても旅行には使いたくありません。
もう使わないかなと、古いブランドのバッグはゴミに出しました。

義姉は「ルイ・ビトン」を良く持ち歩きます。
きっと好きなんだろうなぁと思って見ていますが、
もしかしたら「ブランド」が好きなのかもしれません。
ブランド品とセットの自分が好きなのかな?

私も東京で働いていた頃はそうでした。
そう思うと、ブランドである神に拘る私も、セットの自分が好きだったのかもしれませんね。
偽神、正神に拘っているのも、単にブランド品に拘っているのと同じ事だったと気付きました。
「偽物は嫌だけど本物の側にいたい自分」という欲望に過ぎなかったな。。。
そうか、そういうことだったのかな。。。
少しだけ解った気がします。

結局名前に縛られてしまうんですよね。
そこを見て、そこに目線が行っていまうから。
大事な肝心の部分を見ていない。
神という呼び名自体が階級のブランドなのかもしれませね。

そうか!
だから精神世界に入り込み過ぎるなということなのか。
大事な事は「自分を見つめて自分が作った因縁を解いていくこと」
それが結果的に自分を救う事になる。
そして周りにいる多くの人たちが自分を見つめて因縁を解いていけば、
その多くの人たちが結果的に救われる。
それが多ければ多いほど、新しい次元上昇に繋がる。

それを見ずに、違うとこばかり追いかけてしまうから
肝心の部分が見えなくなる。
そういう事なのかな。

少しだけ、理解したように感じます。






昨日gooの方に書いた古い時間でも説明しましたが、
おいでよどうぶつの森」のゲームで凄い気付きがありました。
私的には目から鱗の大きな気付きでした。

このゲームの内容は、現実と同じ時間の流れの中で仮想空間内で自分の村を作り、
何もない所から村や家を大きくしていくと言うロールプレイングゲームです。

ロールプレイングとは、教育方法の1つで、役割演技法ともいう。
実際の仕事上の場面を設定し、そこでの役割を演じることで、実務上のポイントを体得する訓練法。
擬似体験ができることから、これまで体験したことのない未知の領域へ歩み出す前に行われる。
管理職研修で多用される。


なるほど、役89の仕組みそのものです。(笑)
人間はどうぶつでもあります。
森は三つの木(気)で三神の世の意味ですね。
そこへおいでよ♪と誘っている。
そのまま現実世界の縮小世界である仮想世界へようこそですね。

そしてそこで私がやっていた事は、
カブを儲けたい為に、時間を戻して価格を操作する裏技を何度も使っていた。
それが悪い事だとも思っていなかった。

時を改ざんしている事となんら変わらない事をやっとった訳です。
それも自分の欲の為に…。_| ̄|○ガクッ

一方で、時を改ざんする事は良くないと責めておきながら、
他方で自分も同じことを過去にやっていたに過ぎないのです。
それをコロッと忘れていて、気付いていなかっただけ…。
自分に都合の悪い事は思い出したくないのかもしれませんね。

地球と言う箱庭は、どうぶつの森で自分が作った仮想空間の村と一緒です。
作られた人間は支配されて選択肢が無く、たまったもんじゃないと怒ってたけど、
じゃ、ゲームで作られたキャラクターの立場はどうなの?という事になる。
今回も作者(私)の都合で勝手に突然に、作者の欲(正義欲)の為に削除された。
キャラクターだけではなく村の存在自体も…。
命があるなしの問題ではないと思うのですよ。
「いつでも削除できる」という考え方自体が良くないのかなと思いました。。
だって、肉体は去っても魂は生き続けるのですから、考え方が大事になってきますよね。

結局、自分が見ている方向は外ばっかりだったなって事に繋がるんですね。
それに気付いて始めて「自分の姿」が解る事なんですが…。

前にどこかで「相手が許せないのは、自分の中に同じものを持っていて、それを見ているから」
というような書き込みを目にした事があります。
「相手は自分の鏡」という意味と似ていますね。
当時は、この言葉の意味をあまり理解できませんでした。
隣国選手が好き放題裏工作をやっているのを見て、どうしても許せなかったからです。
そんな彼女と私が同じものを持っているという事に、共感が得られなかった。
自分は彼女とは違うと思っていた。

でも本当にそうでしょうか。
自分で闇の部分を見ていないだけなんじゃないのかなと思うようになりました。
大なり小なり、程度の違いはあっても似たような事を過去や前世でやっていたと思います。
ゲームでのカブ儲けの時間戻し裏技だって、裏工作となんら変わらないんですよね。
それが人に迷惑を掛けているか、いないかの違いであって、
私の想念が人に迷惑を掛けていないとは言い切れない。
現に、こんな心根の状態の時は、兄とも衝突が多かった。
そして悪いとこは自分にないと思っていた。
外ばかり見て、自分を見ようとしていなかっただけなのだと気付きました。

相手を許せないのは、許せない部分に過剰反応しているに過ぎないのかもしれません。
自分の中の閉ざした殻が自分の闇を見る事に対して、最後の抵抗をしているのかもしれません。
そこを認めたら、自分の闇が溢れる様に出てくるのかもしれないと感じました。
実際、私の日常でもそれが起ってますから。。。
些細な事に気付いたら、過去の自分の闇の部分が溢れだしてます。(笑)

なんだ結局あんたも同じじゃん…、_| ̄|○ガクッっ
こんな具合にボロボロ出てます。(;^_^A アセアセ・・・

とても有り難い事ですが、何度か私が書いた記事に対して
「的確な感想」を送って下さる方々がいます。
個人的に私に向けて書いてくださっているので公表はしていませんが、
そのコメントを読んで最初は愕然とします。
私はそんな風に見えていたのかと…。
自分では自分の姿に気付かないんですね。

ここで自分を客観的に、相手の言葉の目で見てみると「初めて」自分の姿が見えてくるんですよ。
本当だな、自分は凄く拘っているなぁと。。。。
「知識」にしてもそうなんですが、なんでこんなに拘るのかなぁ。。。
と因縁解消のヒントがひとつ出てきます。
この拘りをなくしたら、自分の因縁が1つ消えていくのかなと思えます。。
そしていろんなものに拘るのは自分の中にも同じものがあって、
それを見ていなくて外ばかり見ているから
もしかしたら「そこ違うよ」と心の声が拘っていたのかもしれないとも思えます。

あなたは「外」ばかり見てアレコレ言っているけど、そこじゃない。
あなたが本当に見るのは「自分の内側」なんだと、
内側にあなたが拘っている本当の原因があるんだと。
そんなことを、ふと上記のゲームの件で少しだけ理解できました。

ゲームで異常発生するゴキが問題なんじゃない。
問題なのは私の欲に対する日頃の心がけだった…。
邪悪は外に非ず、自分の中にあり。。。

この事を、いろんな日常の出来事で体験して理解しながら
だんだんとお腹の中にどっしりと落ちていくのかなと思います。

どんな言葉も自分に向けられたのなら、それは相手がそう思う私の姿を反映しているに過ぎない。
だからこそ、相手の言葉は「自分の気付かない部分」を教えてくれる。
「気づく切っ掛けを与えてくれる」有り難い事だなぁと感謝してます。



今朝見た夢です…。
いやぁ…、またまた反省モードです。(;^_^A アセアセ・・・

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2012.1.11.(水)  旧暦  旧暦 12/18  月齢 17.4

友人(旧姓・三神の意味を持つ名前)の家で御馳走になっていた。
旦那さんは知らない顔の人で年配の男性だった。
(実際のご主人は私も何度か会ってて知っていますが、夢ではその人とは違う別の人でした)

途中来る前に美容院に寄って髪をセットしてもらったら、後頭部が禿げて地肌が見えていた。
ガ━━(= ̄□ ̄=)━━ン!!
びっくりして横側の髪を後ろに寄せ集めて禿げを隠していた。
その話を食事中にしていたような気がする。

私はボーっとして素麺の入ったお吸い物を手に取り、素麺を水で洗って又お椀に入れ直していた。
当然ダシも捨てて入れ替えた水で、旦那さんがそれを見ていて
「そりゃ、美味しくないだろぅ」と呆れていた。
私はハッとして自分のしたことがとても無礼で恥ずかしくなった。
他にも似たような無礼な事をやらかしていて、自分の馬鹿さ加減が嫌になるくらい落ち込んでいた。

場面が変わり、家の中に未完成のオートバイが2台あって、部品を組み立てているみたいだった。
友人が左側で私が右側のオートバイで、ハンドルのネジを差し込む説明を受けて
友人はさっさと組み立て作業をしていた。

私はネジの差し込み口を探すが直線ではなく入り組んだ形になっていてとても苦労していた。
やっとネジを一本挿し込んだら、物凄い勢いでモーターが周りだして
今にもバイクが暴走しそうだったので、慌てて友人に助を求めて呼びかけていた。
友人は私の声に気付いたが手が離せないみたいで、
私はどこを押したらモーターが止まるのか必死であちこち探していた…。

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今度の夢は、とうとう後頭部が禿げてしまいました! ( ̄□ ̄|||)がーーん!
それも突然にです…。
鏡を見て禿げに気付いたみたいな感じでした。地肌がごっそり見えていたのです。

起きた後は、なんでこんな夢見るん?と理解不能でした。(苦笑)
多分髪は神でもあるので、後ろ(過去)の神(三神時代の神々)に無礼を働いていて抜けたのかも…。
髪(神)が去って行った → 禿げた

反転したからには、偽物だったものが本物へと変わっていくのですから、
そこは神々に対しての「敬意」が足りないよ!という事なのかなと思いました。
それぞれの神々の過去の「過ち」は反転後のお働きで補うという事だと思いますから、
私がとやかくいうのは筋違いで間違っているんですね。
平和の秩序の為に見えない世界で日々動かれていらっしゃる事を肝に命じて、
感謝すべき事なのに、それを忘れている。
あんた如きにとやかく言われたくないと言われているのかもしれません。(;^_^A アセアセ・・・

一般ぴーぷるの凡人が偉そうな事書いて、すみませんでした。<(_ _)>
素麺の部分も「相手の心配り」を無にしている行為ですね…。
友人が私の為にせっかく作ってくれたモノを台無しにしてます。

今まで人間の為に手取り足取り導いて下さった神々に対して、その言いぐさは何だ!
という事でしょう。
アレコレいう前に、何も出来ない人間をまず恥じるべきだということですね。

はい。。。ごもっともです。。。
私の因縁の中に「配慮が足りない」もしっかり入ってました。
はぁ。。。
山あり谷あり。。。_| ̄|○ガクッっ

私の馬鹿さ加減が増して、見えない方々が暴走する恐れもあるという事ですね。
配慮が足りなくて無礼で怒らせてしまって?
それがバイクのモーター暴走部分なのかな…。
本当にすみませんでした。<(_ _)>

自分の欠点は、しっかりと見つめて反省して行きたいと思います…。

***********

反省は引き続きしっかりやるとして、ここからは、もう一つの見方です。
美容院で「禿げた」という部分が気になります。
何故に美容院が絡んでくるのか?

「後頭部の禿げ」で浮かんだのが「チャンスの神さまのカイロス」です。

カイロス(Καιρός、ラテン文字転写:Kairos、ラテン語形:Caerus)は、ギリシア語で
「機会(チャンス)」を意味する καιρός を神格化した男性神である。
元は「刻む」という意味の動詞に由来しているという。

カイロスの風貌の特徴として、頭髪が挙げられる。
後代での彼の彫像は、前髪は長いが後頭部が禿げた美少年として表されており、
「チャンスの神は前髪しかない」とは「好機はすぐに捉えなければ後から捉えることは出来ない」
という意味だが、この諺はこの神に由来するものであると思われる。

ギリシア語では、「時」を表す言葉が καιρός と χρόνος の2つがある。
前者は「時刻」を、後者は「時間」を指している。

クロノス時間とは、過去から未来へと一定速度・一定方向で機械的に流れる時間。

一方、カイロス時間とは、速度が変わったり繰り返したり逆流したり止まったりする、
人間の内的な時間。


「前髪は長いが後頭部が禿げた美少年」美容院→ 美しい容姿→ 美少年

前に美容院で、同じ苗字で男性の名前の会員証を間違って貰いました。→ 二つの名前
時の神 → クロノスとカイロスの二人
さらにクロノスも (Χρόνος, Khronos) の二つの名前があります。
Khronosが本物でΧρόνοςが後に入れ替わったニビル(X)神だそうです。

そういえば「Χ」って、バツとも読みますね。
十の気でトキ(時)、その十を歪めたのが「Χ」と言う字で、時を歪めてしまったのでしょうかね。
これからはニビル星も反転して「十」になると思いますので、心を入れ替えた御働きを見たいです♪

素麺部分もなんとなく意味ありげです。
素麺の入ったお吸い物 → 素のmenをダシにして生贄?にしてた三神の世の時代
それを水で洗って浄化したという意味にも取れますね。

三神の神が「そりゃ、美味しくないだろぅ」と呆れた。
そう、浄化したから生贄は不味くなったのです。
不味いから生贄は必要ないので止めという意味かな。
浄化したのは美容院で後ろが禿げた(笑)私と苗字が同じだった会員証の美少年=カイロス

未完成のオートバイが2台は、反転して正神となられた神が二神?
三神の神の誰かとカイロスを意味するのかなぁ。。。
カイロスは暴走する程の力があるという意味なんですかね。

チャンスの神さま、到来というお知らせの夢でもあったのかなぁと思えます。






いやぁ~…。
またバスの夢みちゃいました。
いつものように私が乗り遅れている夢です…。

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2012.1.7.(土)  旧暦 12/14

団体でバスに乗ってどこかを回っているみたいで、どこかの会場にいた。
私はその団体のリーダーみたいなのだけど、実際は名前ばかりのリーダーで落ちこぼれだった。
施設の中で何か重いものを移動させなくてはいけなくて、
女性二人で重い荷物を苦労して運んでいたが
彼女が「人を集めてリレー形式の手渡しで移動させればもっと楽になるのでは?」と提案した。
それを聞いて私も「なるほど♪」と納得し、そのようにして運ぶことにした。
流れがスムーズになった。

場面が変わって、休憩の為に広場でお茶をしていた。
お茶の代金を支払ってバスに乗り移動するのだけど、
周りに人が多過ぎて誰にいくらお金を渡していいかわからずモタついていた。
周りを見ると団体のメンバーは誰も見当たらず、皆バスに乗り込んでいたみたいだ。
私も急いで支払いをしなくてはと思うが、
金額を聞いても財布の中からお金を出すのにも思うようにいかなくてモタついていた。

突然私の携帯が鳴り、折り畳みの携帯を開いて出ようとするが
ヒンジ部分が切れて二つに分かれてしまい、上の部分を下に落としてしまった。
落とした携帯を拾おうとするが、電話が先だと気付いて手に持っている方で会話をする。
「もうみんな集まっバスに乗っているけど?どこ?」という声が聞こえた。
私は「今、会計しているところ」と言って、急いで支払いを済ますことにした。

多すぎる人ごみを掻き分けて、バスが止まっている場所へと移動しているが、
なかなかたどり着けない。
また電話が鳴った。
「まだ?今、どこにいるの?」という声が。。。
「今、バスに向かっているところです・・・」と申し訳なさそうに私は話していた。

いつものことながら、私一人が遅れているという意味ですかね?
(;^_^A アセアセ・・・

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こんな状況の夢ばっかり見ているから、きっと私を待って下さっている方々に
迷惑を掛け続けているんでしょうね…。
私一人が何か解らないけどモタついているのか? _l ̄l○

またしてもバスです…。
昨日の夢は、もしかしたら逆の場合も考えられるんですかね?
夢の最後の部分で、バスが去った後に私は中居君に顔を弄られて虐められてました。
真ん中の偉い人にいいように弄られて支配されている図ですか?
ということは、バスに乗り遅れてしまったので古い次元に留まっているという意味?
私の靴を隠していたのは、支配側の飼い犬だったの?
乗り遅れる様にワザと隠したのか?

むむむ。。。

まぁ、どっちにも取れるって事で。。。(;^_^A アセアセ・・・
1つ言える事は、私の自覚が足りなくて誰かに迷惑を掛けていること…かな。
何度も似たような夢見てますから…。
それも自分で気付かないと解けないですよね、きっと。。。

はぁ。。。

名ばかりのリーダーというのは解ります。
実際、マンションの理事長も名ばかりですから。
いろんな事を陰で支えてくださっているのは、監事さんの方ですからね…。
うん、リーダーって荷が重いんだよね。。。
そういう考え方が良くないんだろうね。
「やりたくない」気持ちがアリアリだもん。
やりたくないのは面倒だから。外へ依存してるって事だね。
これまでの既存のシステムに楽に乗っかってる…。
自分がやらなくても誰かがやってくれるという依存。
だからやりたくないと思うのかな。。。
本音は輪番制だから仕方なくやってるけど、そんな気持ちじゃカルマは解けないんだね。
だってカルマとして来たんだから、この理事長の役目は。
引き継ぎ書の箱に書いてあったもの「カルマ」って。
気持ちの問題なのかもしれないなぁ。。。

「依存体質」を脱却できるかどうか…、なのかな?
外側にないんだよね、自分の内側に「依存体質」がどっぷり占めている。
それを自覚して、変えないと消えないのかもね…。

バスって蓮(ハス)に濁点がついて濁ったのかな…。
多分、地上の乗り物で人の生き方を表しているのかもしれない。
泥んこになっても綺麗な花を咲かせるように、
泥まみれの世界でも綺麗な心の花を咲かせなさいという意味のバスなのかな?
だから善悪、両方の意味に取れるのかもしれないね。
濁点が取れて綺麗な心のハスになったら、きっと飛行機へ乗り換えのバスになるのかな。


上の夢の解釈です。
少ない人数で重荷(責任)を分けるより、多くの人たちが集まって軽い荷にするのがリーダーの役目。
多くの人達が依存体質から脱却できるように、早く自分の因縁を消化しなさいということかな。
自分が変われば他も変わるんだよね。
多分、そういう事ではないかなと思います。
自分が出来る事は自分を変える事だけ、それが世の中の役に立つという事なんだと思います。

私が清算に時間がかかっているのも、因縁の清算に時間がかかっているということなのかな。
最後の最後まで私はモタついてるんですね。_| ̄|○ガクッっ
財布の金額を取り出すのに時間がかかっているのは、
多分私の心がフラフラしているという事なのかもしれません。

携帯が真っ二つに割れたのは、次元の分離ですかね。
周波数が別れているという事?
落ちた方に気を取られてそれを拾おうとしたけど、繋がっている方に気付き回線を繋いだ。
私だけが乗り遅れている事を聞いて、急いで清算をし始めた…。

またもや電話がかかって来て、みんなを凄く待たせていたので急いでバスに向かっていた…。

私の因縁-------
遅刻
知識に頼る
(この2つはセットでもあったんだ…)
依存体質
自分勝手
相手への配慮が足りない
ちょっと色関係も問題あり?(;^_^A アセアセ・・・



あんまり、変わってないかも…。_| ̄|○ガクッ







今朝見た夢です。

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2012.1.6.(金)  旧暦 12/13 小寒 月齢 12.4

バスで修学旅行みたいなものに参加するが、出発の時間を言われていたみたいなのに
私は何も準備出来ていなかった。
というか、バスが来て初めて「あれ?今日だった?」と思い出した感じ。。。

私は前にも同じような事があって、その時もみんなに迷惑を掛けていたみたいで、
恐縮しながら慌てて準備する。
慌てているので頭が真っ白で何を持って行っていいのか解らず、
とりあえず近くにある物とか浮かんだものをリュックに入れていた。
準備が出来たので靴を履こうとしたら、玄関には片足だけの靴が散乱していて、
良く見ると自宅で飼っている犬が私の靴をくわえてどこかへ持ち去っていた。

私は履く靴がなくて唖然とし、どうしようか迷っていたら
バスの添乗員?リーダー?の女性が「はい、これを履いてみて」と私に靴を差し出してくれた。
その靴はケーキのミルフィーユみたいな感じの三角形の靴で、崩れそうだし、
これを履いていたら不安定で歩けないと思ったので私はバスに乗る事を諦めて、
女性に「待たせて時間を取らせてしまい、みんなに迷惑を掛けた事」を謝った。

バスは石岳方面に向かって走り出した。
家に戻ると、あんなに捜しても見つからなかった「左右揃い」の靴がちゃんと置いてあった。
「なんだ、あったんだ!」と慌ててそれを履いてさっきの道に戻るが、
バスはこちらへ戻ってくることはなかった。
九十九島方面を回って観光して行ったのだと諦めた。

その後、スマップが近くに来ていたみたいで、中居君が私の顔をイジッって意地悪して遊んでいた。
みんな私の顔を見て笑っていたので、「どんな顔にしたんだ!?」と鏡を探して顔を見に行った。
私の顔はしかめっ面で皺くちゃ顔だった。(*_*)
このあと何か展開があったが忘れた。

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ここで目が覚めて、この夢の内容を思い出しながら考えていた。
「履物が無い夢」は「進んでいる道が霊的に間違っている」みたいな感じだったよね・・・。
何か道を間違えているのかな?バスにも乗り遅れていたよね?
えー!、良くないという意味なのかな?何が?? (・・?;) え?
といろいろと考えながらまたウトウトしてしまい、夢を見ていました。
内容はあまり記憶にないのですが、何か自分で歩いて進んでいる夢だったような気がします。
それでこの「不揃いの靴」の意味がなんとなく解りました。

「他人が用意した靴で(他人が敷いたレールの上を)歩くな!」という意味ではないでしょうか。
そういう意味で再度夢の内容を見直すと、すべて謎が解けてきます。

他人が決めた予定表でのバス旅行なので、自分の中にしっかりと落ちていない。
なので状態を把握できていないでみんなにも迷惑を掛けていた。
(これを書いていたら急にベランダから陽が差し射込んで来ました。
まるで「そうだよ♪」と言ってくれているような。(笑))
他人の予定表で他人の運転する車に乗って進まないで、
自分の頭で、自分の足で、しっかりと考えながら歩いて進みなさいということだと思います。

だからバスが来ても片足だけの靴しかなくて進むことができなかった。
飼っている犬は私を目覚めさせてくれる「利口な犬」だったんですね。(笑)
「新しくなったシリウス父さん」なのかなぁ。。。

履く靴が無くてバスの女性が手渡してくれた靴も「変わった靴」でした。
ミルフィーユのように何層にもなっていて、見た目は綺麗だけど不安定で今にも崩れそうな靴。
三角形という形も今までの三神世界の仕組みを言っているように思います。
それでは歩く事が出来ないと思って、バスに乗る事を諦めました。
諦めた途端、両足揃いの靴が見えてきました。
これは先日書いた「次元の選択」にも関連していると思います。
思い込みの次元で見えるものが違ってくる。
三神仕組みの今までの次元では見えないけど、そこから離れると見えてくるんでね。
「自分の足で歩いて進む『靴』の存在」が。
だから古い仕組みを象徴するバスは戻ってこなかったのだと思います。

このバスは「石岳」経由で「九十九島」観光をしながら、戻ってくることはありませんでした。
「石、九十九」という古い仕組みの中を観光しながらぐるぐる回っている予定表なんでしょうね。
それが因縁の予定表でもあるのかな。
そのぐるぐる因縁から抜けるのは、「自分で気付いて離れる」事しか無いという事ですね。
そして「自分で気付く」とは、「自分の頭で考え、自分の足で歩いて進む」という事。

不揃いの靴とか、靴が無い夢をみたら、メッセージなんだと思います。
「人の考えに乗っかって歩くな」「自分で考えろ」「自分の足で進め」。
勿論、いろんな人の言葉や考えは「参考」になります。
気付きのヒントだったり、自分を間接的に直視するきっかけにもなります。
でもそのまま全部受け入れるのではなく、あくまでも切っ掛に過ぎない。
貰ったヒントを自分の中に取り入れて、自分の頭で考えて納得しないと自分の中に落ちない。

何度も同じ過ちを繰り返す人は、多分これが出来ていないのではないかなと思います。
私もそうだから言えるのですが、「あー、そうだったね。これ、私の悪い所だったね」で終わる。
それで解決したと思っているから、すぐに忘れる。
根本的な根の部分は解決されていないから、また同じ失敗を繰り返す。

「なぜ、その失敗が起きたのか?」この部分が一番大事なんですよね。
その原因を突き止め、そこに自分の欠点や弱点がある事を認識する。
そして次に同じ失敗をしない為には、どうしたら良いかを考えて行動する。
また同じような選択が来たら、前回を思い出し「失敗した経験」の引き出しを開けて考える。
前回、この部分で自分の悪い部分が出たから、そこを直して行動して来た。
なのでここは避けようとか、この部分を直したら良い結果になるかもとか、選択肢が広がる。
前と同じ失敗は選択しなくなる。
これが出来て初めて「失敗」は大きな「良い経験」に変わるのだと思います。

つまり「そこに行くまでの自分と向き合う過程」が一番大事な事であり、
その為に「経験値」の引き出しがたくさん必要だということではないでしょうか。
だから「失敗」はした方が、自分の為には良いのかもしれません。
失敗した自分の姿を恐れるのではなく、失敗から「活かそう」とする気持ちが大事なのかな。
なので同じ失敗を何度も繰り返すのは、じっくりと「失敗した自分」と向き合っていないという事。
その失敗は「自分の経験の為」にはなっていないという事かな。
だから「気付きなさいよ!」と同じ事が何度も起きる。

この夢で自分の姿を不揃いの靴で見せられたのですから、私もじっくりと考えてみました。
思い当たる事があります。
私は情報を細目にメモを取る癖があります。
最初は流していたのですが、そのうちもっと効率よく「知りたい時にすぐに解るように」と
メモ帳にコピーし分類して貼り付けてました。
多分この事ではないかなと思えます。

「他人が用意した靴(情報)で(他人が敷いたレールの上を)歩くな!」
「自分の頭で考え、自分の足で歩いて進む」

他人の情報は参考にして大きなヒントになっても、最期は自分で考えなさい。
メモしたら(メモした事で安心して)すぐに忘れるし、そこに依存してしまう。
何かあるとそこに目がいって当てはめてしまう。
自分の頭ではなく、他人の情報で考えてしまう。
それは自分の考えではない!
それは「知識の憑依」と何ら変わらないのではないかな。
もっと「自分の頭で考えて、自分の足で歩きなさい」と言われていたんだなと気付きました。

人間は生まれて来る時も、この世を去る時も、「何も持っていない」のです。
自分の頭(意識)で考えて理解するだけで十分だという事なんだと思います。
道具は何も必要ない。
逆に「意識の領域」では「既に持っている」ものなのかもしれません。
だけど道具(物質)に頼ろうとする為に、それさえも「忘れている」。
そこを手放したら見えてくるものがあるのかもしれませんね。^^

次元上昇できる「鍵」も自分自身が既に持って生まれているという意味だと思います。
自分で変換する事が出来るのに「忘れている」だけなのかも。。。
だから人の情報で「鍵」を調べるのではなく、「自分で思い出せ!」ということかなぁ。。。

なので情報をコピーしてメモすることは止めました。
参考に読ませていただいて自分の意識の引き出しに留めて置く。
何か関連したことで思い出したら、そのとき再度見に行けばいいのですよね。
その時に検索して他に関連する事柄を知ったり、苦労して調べると頭の深い所に刻まれたり、
または必要なかったら削除されていたりと、その時に必要な情報が得られるのだと思います。
だから「さっと流して読む」事も大事なんだと思いました。
情報はヒントであり、その先は必ず自分の頭で考えるということを、
この夢で私にメッセージしていたのだと思います。

最期部分の「スマップの中居君」は、名前がヒントだと思います。
「真中に居る人」そんな意味かな。真中は一番偉い立ち位置ですかね。
「しかめっ面で皺くちゃ顔」は避けたいです。(笑)
笑顔を忘れないように心掛けないと!ですね。。。





昨日の夜、寝る前に急に思いついた事がありました。
「今」の瞬間を楽しむ為に、買って取ってあるものをすべて使いきろうと!

私はとても貧乏性で、気に入って買ったものも「普段使い」には出来ない性分なんですね。
だから食器や洋服等、仕舞って置いたものが山ほどあって、そのスペースが全然減らない。(;^_^A
普段はヨレヨレの服を来て、ゴワゴワのタオルで拭いて、前からの古い食器を使っている。
駄目になったら新しいのと交換して…、をずっとやってきたから部屋がモノで溢れてます。

結局前に買ったものの存在を忘れて、また同じようなモノを買ってしまったり…。
買うけど使わないという、なんともダメ人間道まっしぐらでした。(笑)

でもね、今の状態がずっと続くとは限らないのですよね。
大地震が来れば、お気に入りで飾ってた高価な食器も粉々に割れてしまうのです。
大津波がくれば、洋服も何もかも、一切合財流されて消えてしまうのです。
その時、後悔しませんかね?
あー、こんな事なら取って置かずに、気軽に使って置けば良かったと…。

私はきっと後悔すると思うのです。
だから何かの為の取り置きはもう止めて、自分の為に楽しんで使おうと決めました。
今という瞬間を楽しむ為に、お気に入りを毎日大切に使う。
お客が来たら同じものを使って貰う。
客用の為に買っていても使わなければ意味がないし、お客はいつ来るかもわからない。
視点が外に向いていたから使えずに取って置くばかりで、箪笥や棚のスペースを占領するばかり。
他の日常のモノを仕舞うスペースがなくなって、モノが部屋に溢れだしてくる…。
非情に効率が悪いなと感じてました。

だから去年まで使用していた古いものは全て処分して、新しいものと交換しようと決めました。
古い食器だけでもずいぶんとあるけど、使わない食器も別の食器棚に未使用のまま溢れてます。

新しいものを降ろすと、気分が一新します。
あるのに使わないのは、品物に対しても失礼ですよね。
ゴワゴワのタオルは雑巾にして、新しいタオルに交換。
ヨレヨレの部屋着やパジャマは、買い置きしている新しいものに。
スリッパも新しいものに一新。
古い食器を処分して、使ってなかった食器に替える。
貧乏性の私には、清水の舞台から飛び降りる覚悟が必要ですが。(笑)

でも自分のこの世での人生も永遠にある訳ではないのですから、
やはり「その時の瞬間」を楽しんで過ごした方が、いいかなと考える様になりました。
その瞬間の楽しい気持ちの積み重ねが、自分の人生を作っているんですよね。
ヨレヨレ、ゴワゴワの人生は積み重ねなくてもいいかなと考えました。

今日は朝から処分と新品への交換に忙しく動き回ってました。
丁度新年という事もあり、気持ちの切り替えがとても新鮮です。^^
今まではパジャマとか靴とか、ちょっとしたモノを新年に交換してましたが、
今年は気前よく全部やろうという事です。

今年ですべてが消えても後悔がないように、買ったものはちゃんと使う。
一年が何事もなく無事に終えたら、その次も同じように覚悟して瞬間を楽しむ。
そうすると自分でいつ、どんな事が起きようとも、心の中のモノに対する執着は無いハズです。
買ったのに使えなかったという後悔は、ないと思います。(;^_^A アセアセ・・・
プラス、「今という瞬間」を愉しんで過ごす事ができるのではないかなと思いました。

私の本当の理想は「シンプルな空間で、シンプルに過ごす」です。
でも現実の私は「衝動買い」で「モノを増やす」+「勿体ないの貧乏性で捨てきれない」
というダメ人間でした。最悪のパターンですね。(苦笑

なので自分の性格を見直して、「取りあえずで絶対買わない」「必要なモノだけを買う」
「今までの溜めて置いた新品をすべて使い切る!」「交換は潔く!」を
今年は頑張ってみようかと思ってます。

モノに執着しなくなる為に、まず溜め込まない精神に変えて行かなくては思いました。(;^_^A

あけましておめでとうございます。
今年も、じっくりと自分の内側へ視点を向けていきたいと思います。。。
こんなブログではありますが、読んで下さる方に感謝致します。<(_ _)>

今日はaoneiさんの書かれた記事を読んで驚いてしまいました。
というのも、私も前から同じ事が気にかかっていたからです。

眠りに入る直前に、身体全体が振動しているのに気がつき
この振動は(; ̄Д ̄)なんじゃと?。
本当に体全体が小刻みに振動するのです。

この身体の振動を感じ始めたのは昨年の311大震災以降です。
最初は大地震により地球の大地が震動していると考えてました。
この辺は殆ど地震がない地域なので、地球全体が振動し始めたんだなと…。

それで大地に感謝しなくてはと思い始めたのです。
でも12月くらいから、段々解ってきました。
これは大地ではなく私自身が揺れているのであって、それも眠りにつく直前に感じます。
その後の記憶がないので、これは眠りにつくサインなんだと感じる様になりました。

なので振動が始まると、魂が身体から離れて夢界に行きたがっていると思うようになりました。
早く行きたいから「そろそろ行くよ♪」と挨拶している様に感じられたのです。(笑)

魂はへその緒で繋がっていて、びゅーんと伸びて上がっていくと私は考えてます。
霊的な緒は身体と繋がっているから生きていて、目覚める時に急に体に呼び戻されている。
この緒が切り離された状態が、肉体から切り離された他界なのではないかなと考えてます。
なので夢を見る為に、または魂がゆっくりと休養する為に、身体から繋がって伸びて上昇する。
そのサインなのではないかと感じてました。

だから色々と考えて眠れない夜も、この振動が始まったら「おっ、眠れるな♪」と安心してます。
これは全体的な地球の次元が上がったという事なのでしょうかね?
私みたいに霊感のない人間でも、311震災以降に微妙な変化を感じるようになりましたし。
そして他でもそういう記事を目にするということは、私以外にも振動を感じ始めた方が
たくさんいらっしゃるという事ですよね。

振動以外でも、分離した次元のメッセージではないかなと思える事象がありました。
これは後から理解したことなのですが…。

12/28に亡き母のお墓参りを予定していたので、父から電話がかかってきました。
でも父の名で表示されて回線が繋がってるのに「声が何も聞こえない」状態だったのです。
私はとっさに「父が電話した後に、その場で倒れたのではないか?」と考えて焦りました。
急いで掛け直したら「話し中」で、やはり電話は繋がったままです…。
電話を切ってしばらくしたら、父から再度電話があり今度はちゃんと声が聞こえました。
その時は「電話の調子が悪いのかな?」ということで済ませました。
でもメッセージの無い事象はこの世にないと思っていますので、
この意味は何を意味していたのだろうと、ずっと気になってました。
携帯で話が聞こえなくなるというのは、以前義姉と話していて何度かありましたが、
でも父と普通の電話回線で聞こえなかった事はなかったので、何か意味があるなと思っていたのです。

そして年が明けて、またもや父と繋がらない事象がありました。
今度は電話ではなく、食べ物関係でした。
元旦に実家に持参した「数の子」を別の容器に移し替えて、それを父に話して帰宅しました。
でもその時は食事中の会話で父が酔っていた事と、父の耳が遠いこともあり、
私の言葉を理解していなくて、父は相槌を打っていたのです。

そして夜に電話がかかってきました。
数の子がないよと!
私はガラスの丸い容器に移し替えて、冷蔵庫の左側に置いて帰ったと話しましたが
父はとうとう見つける事ができませんでした。

翌日実家へ行って冷蔵庫を見たら、ちゃんと数の子はありました。
これだよ!と話すと、父は「いつも漬物を入れる容器」だったので、
これは漬物だと「思い込んで」見ていなかったそうです。

この一連の父との事象を考えていて、ふと浮かんだのです。
もしかして次元の違いを意味して見せていたのではないかなと…。
地球が二つの次元に大きく別れていると以前書きましたが、
それは次元によって見える範囲が違っているのではないかなと思ったのです。

ある人には聞こえて、ある人には聞こえなかったり。。。
ある人には見えて、ある人には見えなかったり。。。
それはその人の「思い込み」がそうさせているけど、それを無くしたら「見えてくる」。
私も今まで思い込みで、随分と失敗をしてきました。
その都度、ここは治しなさい!とサインを送られました。

そういう事だったのかなと理解したのです。
次元を選んでいるのは「外」ではなく、自分自身の「思い込み」なんだなと。
だから『選別』は誰かにさせられるのではなく、自分自身の思い込みの意識がしているのですよ!
そういう意味で、自分の責任でもあるのだと思いました。

次元を選んでいるのは「自分自身」だということ。
父を通して、今年最初の気付き現象でした。^^






miraes

Author:miraes
夢を中心に書いてますが、日常と照らし合わせて自分を見つめようと模索しているブログです。
 

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